月の神様の約束

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月の神様の約束

「チヨ婆、今から外に出るん? もうすぐ0時ばい?」 「わかっとるわい、竜太。でもな、今夜は中秋の名月じゃ。きっと今年はお戻りになられるからの。わしが出迎えんばいけん」  北部九州にある小さな島の民家で、中学生くらいの少年と百歳は超えていそうな白髪の女性が押し問答をしている。竜太と呼ばれた少年は、突然叩き起こされたことで混乱しながらも、街灯がほとんどない島の夜道を歩くのは危険だ、と必死に曾祖母を宥めようとしていた。  そもそも彼の曾祖母であるチヨ婆は、重い病でずっと臥せっていたはずだった。それなのに、今は別人のように背筋をすっと伸ばし、白く濁ってしまった目にも強い光を宿していた。竜太は曾祖母を心配して迷っていたが、 「はようせんと、間に合わんごとなる。お前が来んなら、わし一人で行くけん」  とほとんど目が見えないのに家から出ようしたため、彼は諦めて曾祖母を彼女の望む場所へ連れて行くことにした。 「はあっ、はあっ……チヨ婆、着いたばい。本当にここでよかと?」  森に囲まれた神社へと続く階段を、竜太はチヨ婆を背負って上り、その境内の一角に曾祖母を降ろしながら話しかける。 「ああ、ありがとうねえ。わしはここで待つ人がおるけんな。一時間ぐらいしたら、また迎えに来とくれ」 「こんな時間に(だい)が来ると? 行ったり来たりするの面倒やけん、ここで待っとってもよか?」  そう訝し気に聞きながらも、チヨ婆の隣に腰かける竜太を他所に、チヨ婆は持ってきた手提げ袋の中から一本の笛を取り出した。その笛の指孔を手探りで確かめると、 「待っとってもよかばってん……お前は会えんと思うぞ」  そう言いつつチヨ婆は龍笛を構え、息を吹き込んだ。
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