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2月下旬、美智が盗聴システムで耳にする声は、異動する者たちのことばかりだった。もっとも、人を集めるといった大袈裟な噂の割に、資産管理係に配属されるのはたったの二人だ。
『お局美智が異動とは驚いた』『何でもできるからな』『野村課長が、目障りなお局を追い出したらしい』『お局美智なしで、経理課はまわるのか?』『経理と総務は隣の島だ。両方の仕事をさせられるという話だ』『どういう奴だ。二宮聡史って?』『気をつけろよ。野村課長の婚約者という話だ。何れ役員になるんじゃないか』『それにしても初瀬は割を食ったな。お局美智の穴埋めで経理に異動だ』
初瀬というのは、営業課の初瀬仁のことだ。
「まったく勝手なものね」
他人の異動の話は面白いらしく、音声データは普段の倍もあった。数日、美智が事務所を出るのは午後11時を過ぎ、疲労が蓄積した。
他人の視点から自分の異動を見ていると、経理から離れる哀しみは薄れた。代わりに、新しい部署でやるべき仕事の不安が濃くなった。
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