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2月28日。美智が経理課で過ごす最後の日だ。
「それじゃ、みっちゃん。資産管理係に行っても、よろしくね。本決算が終わるまで経理の仕事もあるし、初瀬君にも仕事を教えてよ」
夕方、容子の白々しい言葉に送られて総務課の島の端に移動した。総務課のメンバーは課長の三井庄司、中堅社員の土橋孝雄、入社八年目の川俣京子、入社3年目の矢吹桃香の4名だ。課が違っているとはいえ、ずっと同じ部屋で仕事をしてきたので気心は知れている。席を移る感慨は、自分の噂話を聞き続けた数日間ですっかり消えていた。
美智が空けた席には初瀬が座った。経理課員としては新米だが、希美や皐月とは比べ物にならないほど社歴は長い。年齢も、希美よりいくつか上だ。
「佐久間さん。明日からいろいろ教えてください。僕なんか、経理には向かないと思うのですが」
荷物を運び終えた初瀬は、美智の元に足を運んで頭を下げた。
「本来なら希美さんが教えるべきところですが、彼女も決算で忙しいので私が担当することになりました。私みたいなおばさんで、ごめんなさいね」
自虐的に笑った。
「いえ、お手柔らかにお願いします」
初瀬の態度は、決して素直なものには見えなかった。まして喜んでいるものでもない。営業という花形部門から外された上に、年上とはいえ事務職の女に頭を下げるのが面白くないのだろう。
「では、営業課で送別会を開いてくれるそうなので……」
初瀬はそう言い残して部屋を出て行った。
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