ムーンライト・ミルクティー

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 ゆにたは腐っていた。賞味期限が切れたのではない。この国はどうも謙遜だとかおもてなしだとかで上っ面はやたらバカみたいににこやかにへつらうくせ、その本性ときたら、俺がいちばん!いちばんだ!そこどけオラァアアァ!!なオラついている人間性丸見えのマウンティングテイストなやつが多く、かと思うと、その横でそういう人間に日々適当に言われまくっていて、日々無気力にあーもーこの国どーでもいーやどーせ自分大したことないしーあいつらうるさいしー頑張ったとこで未来もないしーはーあつまんねー眠てーと、見るに堪えない卑屈投げ遣り根性丸出しなやつもいて、ゆにたからするとどっちも見ていて気分が腐って来るのである。  マウンティングしなけりゃどうにかなんない根性とか卑屈にならなきゃやりきれない根性がゆにたを幸せにしてくれるわけじゃないし、そんなものは、はっきり言ってどうでもいい。  彼らにつき合っているより、ひとりで好きなものを愛でたりする時間がゆにたには大事だったし、本来同じ重さであるはずの命を持った分際が、一方は無意味に優越感に浸っていたり(マジできもい)、一方は無意味に劣等感に苛まれていたり(それ、優越感野郎たちに劣等感持つように洗脳されてるだけなんだよお前、それくらい気づけと言いたい)、何かもう、え、君ら何やってんの?どんぐりの背比べ?へー人間ってどんぐりだったんだ、自分は自らどんぐりになりたいとはこれっぽっちも思わないけどな、と、気がつくといつもゆにたは、彼らから少し離れたところでいつもぽつんとひとり、いるのだった。 「君ひとり?そんなところでぼっちでいないでさー。人間でしょ?人間関係って大事よ?」  ゆにたがひとりで月を眺めていると、つつつとゆにたにへべれけがすり寄って来た。 「飲もーぜー。やってられないのが人生だ」 「お酒は結構です」 「え。何で?」 「それ、訊かれるの、お客様で百万人目です」 「またまたー。好き者のくせにー。これもこれも好きだろ?ん?」 「ご来店ありがとうございました。またお越しくださいませ」 「おいこら。追い返すのか!早すぎるだろ!」 「アールグレイの甘めのミルクティーください」 「お前が客か!おんどりゃ、バーカウンターでそんなチェリーボーイな口利いてたらな、追い返されっからな!」 「チェリーボーイで何が悪いんです?追い返してください」 「あー…だー…何かなー…何だお前、クソ甘ちゃんな顔しているくせに、地球何周かしているみたいでめんどくせぇぇ!!!」 「…人間めんどくさいです」  ゆにたはめずらしく本音をこぼした。 「優越感に浸っているやつも、劣等感に苛まれているやつも、本当はそんな気分になる必要ないのに、勝手に思い込んで、勝手にぶつかって、勝手にぐじゃぐじゃになって、めんどくさいです。私はそういう感情に振り回されて傷つきたくない」  へべれけは呆気に取られた。 「何でそうなんだよ!いいか、人間ってのはな、だから面白いんだ!」 「はあ」 「はあって何だ!先輩なめとんのか!」 「先輩はそれが面白いんですね。残念ながら、私、それが快かったことが一度もないんです」 「何で?」 「何でも何も、そう思ってしまうのはもうどうしようもないんです。お酒、嫌いです。酔って騒いで何もかも忘れて、そんな人、見るのもつらい。自分がそうなるのはもっとつらい」 「それはお前がまだ子供だからそう思うんだ!」  ああまただ。  またこういう会話の繰り返し。  お酒を飲む人と話をするのはつらい。  ゆにたはそういう人と真逆の感性をしている人間だからだ。 「子供にそんな言葉を投げて大人ぶる人間も何様なんですか?」  実のところ、ゆにたは子供ではなかった。  子供ではなかったが、話す内容で勝手に子供だと決めつけられて、勝手に話を運ばれた。  大人ぶりたい人間はゆにたの言うことは何も信じてくれなかった。全部頭ごなしに否定した。  まるで、大人の方がゆにたに対して、ストレスの捌け口のように甘え騒ぎ散らかしたいだけのように思えた。  ゆにたはその大人の決めつけをいちいち相手にするのはすごく疲れたし、その疲れさせて来る相手が「だから面白いんだ」語りをするのは、鬱陶しかった。  面白いのはそれを面白いと思う人だからだよ。  人の心を勘違い決めつけで散々踏み荒らしておいて、どの口がそれを言うんだ。 「子供だろ?」 「チェリーボーイが大人ではいけませんか?」  悪いが、悪いとも思っていないが、ゆにたはへべれけが面白いと思えるような話運びをする気はなかった。  どう話運べばへべれけが気に入るのかはわからなかったし、へべれけたちの盛り上がっている話なんかはゆにたには何が面白いのかさっぱりわからない。  それに、へべれけに気に入ってもらえたとして、それの何がいいのかはまったくもって不明だからである。 「こんな自信満々な童貞なんて本当に童貞かよ」 「まかり間違って処女だったらどうします?」 「は?処女か!?」 「処女です」 「嘘だろ!?」 「ちなみに処女で、大人です」 「……」 「つまらないでしょ?私下世話な話が嫌いで、それで人から離れたところにいるんです。下世話な話でげらげら笑ってる、それをどう面白いと思えばいいのかもわからない」 「どう言っていいのかわからんな、こっちも」 「楽しめばいいんじゃないですか。楽しめる人は。酒もタバコも男も女も。私はここにいます」  そう言って、ゆにたは月を見上げた。  へべれけも月を見上げた。 「…何か、俺ら、何で同じ月見ているんだろう」 「…同じ時代に生まれたからじゃないですか」 「お前さ、そういうつまんないこと──」 「私の言っていること『つまんない』って思わない人とだと、一緒にいてもいい」 「上からか!選べる立場か!」 「選んでいい。人生一度きりだし」 「お前ほんとめんどくせー」  それまでめんどくせーと離れていためんどくせー人種が、月明かりの下で、いつになくめんどくさくない顔になっていた。  おしまい。
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