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エピローグ
「また謀反を起こすことを危惧いたしまして、監視の行き届く帝都にて幽閉する次第でございます」
ヴァルトルートは現在確定しているクララの処遇について一通り、寝台に半身を起す女帝に話し終えた。彼女の勧めで寝台脇の椅子に座り、口元の笑みを浮かべる。
「ご気分がよろしいようで何よりです。報告が遅くなり、申し訳ございません」
「……ああ」
女帝は短く答えたあと、ヴァルトルートを見て露骨なため息をついた。
「クララのやつ、一命を取り留めたのか」
「はい。予断は許しませんが」
クララが自殺を図ってから、五日が過ぎた。まだクララは目を覚まさない。首の怪我は例え完治しても発語に障害が出るだろうし、出血のせいで脳に血が足りない状態が続いたので、そのことでも何かしらの障害を負う可能性があるとのことだった。
「お前は、甘すぎる。皇帝はときに残酷でなければならん。……その点においては、クララのほうが秀でていただろう」
「精進いたします」
「うむ。……ところで、お前。その姿はどうしたんだ」
女帝はなにげなくを装っていたが、先ほどから気になって仕方がないというようにヴァルトルートをちらちらと見つめてくる。
(――きた!)
ヴァルトルートは深呼吸をして、自分の今の姿を思い描いた。五日前の姿と比べて、身長が五センチも伸びている。胸のふくらみも目立ちはじめ、顔立ちもまた、若干とはいえ大人びたものになっていた。
誰が見ても子どもであったヴァルトルートの姿は今、大人に変貌を遂げようとする少女のそれだった。
「十八、には遠いな。……十四、くらいか。そうだと仮定しても、ずいぶんな急成長だな」
女帝の目が鋭くなる。何か考えているような、沈黙が流れた。
「……面白い噂を聞いた」
ややのち、女帝が話し出す。
「クララが自害を図ったとき、傷が深く出血も止まらなかったと。あの場にいた誰もが死ぬものだと思っていた――だが。お前が、クララを助けたいと叫んだ瞬間。クララの出血は止まったという」
「……偶然ではないでしょうか。部下たちが止血に専念しておりましたし」
「おかしなことは、それだけではない。あのとき、クララの呼吸と脈は確かに止まったそうだ。だが、どんどん低下していくはずだった体温だけはそのままだった」
ふむ、と女帝は顎に手を置く。
「しかもその呼吸と脈の停止は、止血と傷の手当が終えたのち、まるで待っていたかのように戻ってきた。お前の部下に紛れ込ませている余の部下からの個人的な意見だが――クララの身体はまるで、時が止まったようだったそうだ」
ヴァルトルートを振り返り、女帝は口の端をつりあげる。
「神様が治療のために、クララの時を止めてくださったのだろうか? クララの手当が終えた瞬間、唐突に二年も歳を取った我が娘よ」
「わかりません」
女帝が今言ったことはそのまま、王城内で暮らす誰もが知ることだった。クララの自殺未遂に関する噂で賑わう王城で、クララの時が止まったこととヴァルトルートの急成長は関連づけて噂され、あらゆる憶測が飛び交っている。
どんな噂にしろ、ヴァルトルートを化け物だと皆が言っている。妹の生き血をすすり栄養にして成長したのだとか、精気を奪って死へ追いやったのだとか、ろくでもない内容ばかりだ。
だが、実際のところはヴァルトルートにもわからなかった。クララの時が止まり、気が付けばヴァルトルートは成長していた。わかっているのは、その事実だけである。
「まぁいい。あれから身体に不調はないか。……少し、顔色が悪いようだが」
ヴァルトルートは瞠目し、おずおずと口を開く。
「……月のものがきました」
「お前に? ……ほう。これで、世継ぎも安心だな」
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