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御年四十五になる女帝レーマン・ヴァルター・ベルレイクの寝室には、侍医が一人と控えの侍従が五人侍っていた。
ヴァルトルートの寝室以上に広いそこは、美しく高価な調度品に彩られているにも関わらず、やけに閑散とした雰囲気を醸している。
ヴァルトルートは寝台の傍にしゃがみこみ、女帝の顔を覗き込んだ。目じりに皺を刻んだ女帝は、歳のわりに随分と老け込んで見えた。
毅然とした態度で玉座に座る、女帝らしい雰囲気はまったくない。
「母上」
呼びかけてみるが、眠っているのだから当然反応はない。
けれど、女帝としての顔しか知らないヴァルトルートには、一抹の不安が過る。
(こんな母上は、見たことない)
レーマン女帝は、歴代の女帝のなかでも奇異な存在だった。
貴族社会を地でいくベルレイク帝国において、貴族以下の身分の者――一般民や浮浪民などに対しての「福祉」を作り上げた、一風変わった女帝である。
「福祉」とはなにか。
具体的には、取り立てた税の一部を一般民以下の者のために使おうというものである。
真冬には毛布と食料を配り、真夏の干害対策として保存に長けた食料の種を一家ごとに無償で与え、月に一度浮浪民が集う貧民街に医者を派遣して無償で治療を受けさせる。
これまでは貴族中心に立案されてきた法律の視点を、民に向けるという常識を破った「福祉」という考えで女帝レーマンが動いていると知ったとき、ヴァルトルートの胸は震えた。
当然ながら多くの貴族が反対したそうだが、女帝レーマンは勅命を行使して福祉について話を進め、現在では帝都における冬場の死者数が大幅に減少しているという結果を残している。
ヴァルトルートが現在進めている地下工事の案件も、帝都における死者数の割合のうち冬場に凍死する者が多いことから、冬場の避難場所としての目的で建設に向けているものだった。
税を使って公共工事を行えば、当然ながら人手がいる。雇うべき者を職に不安定な者から選べば金も循環し、一石二鳥と言えるだろう。
この案件に関しては女帝も賛同している。だが、未だ多くの貴族が「必要性がない」と異論を唱えているのもまた、事実だった。
ヴァルトルートは、そっと寝台の傍にしゃがみこんだ。
(偉大な女帝レーマン。あなたが死ぬには、まだ早すぎる)
女帝つきの侍医が言うには、命に別状はないとのこと。だがそれも、あくまで今のところは、ということらしい。
「ヴァルトルート皇女殿下」
ふと呼ばれて振り返れば、女帝つきの侍従長が立っていた。
三十代前半ほどの歳の女で、髪を耳上で切りそろえた彼女の名前はたしか――ベラ。ベラは、ヴァルトルートにそっと膝を折る。
「お耳に入れたいことがございます」
ざっと辺りを見回して、内密の話に目隠しされるべき人物を探す。
「……どうぞ、話して。僕の連れはグリットだけだから、聞かれても問題はないよ。それとも部屋を移動したほうがいい?」
「いえ、この部屋にいる者は事情を存じておりますので、問題はございません」
事情、という言葉に眉を潜める。
厳しい顔でベラに向き直ると、彼女は意を決したように口を開いた。
「レーマン陛下のご病気は、今日始まったわけではございません」
「……母上に持病があった、ってこと?」
「はい。最初に症状が出たのは、一年前です」
こぼれんばかりに目を見張った。
「一年も、前だなんて」
「最初の症状は、頭痛でした。それから、口内や四肢末端のしびれ、不眠。最近では視野狭窄や一般知覚の鈍りなどの症状もみられます。……陛下はもう、馬にも乗れない身体になっておられるのです」
「そこまで酷いのか!? どうして僕はそんな大事を知らされていない!」
「陛下のご命令です。このことは誰にも口外せぬように、と」
がく、と力が抜けた。ずるずると床に膝をつけば、グリットから「お気をたしかに」と背中を支えられる。
(母上が、病気。……それで侍医は「今のところは」と言ったのか)
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