第二章

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 ふと。  グリットの向こうに見えた暖炉のうえに、女帝らしからぬ物があることに気づく。 (なんだろ、これ)  細い鉄で編み込まれた四角い籠のなかに、桃色をした包みが大量に置いてある。手のひらにちょこんと乗るほどに小さなそれは、豪快で男らしいものを好む女帝の好みからは随分と外れた、可愛らしい品物だ。  持ち上げてみると、ふわりとよい香りがした。  ヴァルトルートは首を傾げて、そっと包みの一つを胸元にしまいこむ。寝室内を振り返れば、誰もヴァルトルートの様子に気づいた者はいなかった。 「……それじゃあ僕は戻るから。母上をよろしく頼むよ」  そう告げて寝室から居間を通り、廊下に抜ける少し手前で足を止める。  見送りについてきたベラに、さっきの包みをかざしてみせた。 「これはなに? たくさん置いてあったけど」 「それはお香です」 「お香? これが?」 「はい。水の香りがするとかで、陛下が気に入って毎晩暖炉にくべておられるものです。安眠効果もあるそうですよ」 「そう。……これ一個もらってくよ。香りが気にいっちゃった」  にっこりほほ笑んでそう言えば、ベルもまた微笑んだ。  勝手に女帝の私物を持ち出すことはよろしくないが、見逃してくれるということだろう。  女帝の部屋を出て、ヴァルトルートは執務室へと向かった。 「これは、春(プリ)の(マ)妖精(デーラ)。ごきげんよう」 「やぁ、こんにちは」  左天塔へ通じる渡り廊下で、貴族たちの集団とすれ違った。拶を交わしながら相手の様子を観察する。どうやら彼女たちはまだ、女帝が倒れたことを知らないらしい。  だが、知れるのも時間の問題だろう。  見慣れた執務室に戻ってきたヴァルトルートはグリットと二人きりになった瞬間、厳しい表情で顔をあげた。  胸元から、桃色の包みを取り出す。香ってくる匂いは甘くはなく、ふわりと優しく穏やかな気分にさせてくれる。  これが水の香りかと問われれば微妙だが、心地よいのは確かだ。 「グリット」  桃色の包みを、グリットに手渡した。 「その包みの中身を調べてくれ」 「御意」  不治の病の前例が、一国の王であったことが気がかりだった。  王でなければかからない病気だとすれば――殺人という可能性もある。四六時中使用人に囲まれている皇族の暗殺には、基本的に毒が用いられることが多い。  そこまで思い至ったとき、この桃色の包みが酷く怪しく見えたのだ。 (なにもなければ、それでいいんだけど)  ため息をつく。 「僕は執務に戻るよ。僕で代わりができる母上の仕事は、全部回しておいて」  ヴァルトルートは気合を入れるために、ぱしんと自らの頬を叩いた。
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