第三章

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「じゃあ行こうか」 「はい! あ、あの。お姉様」 「うん?」 「ちょっとだけ、手を繋いでも構いませんか」 「それは、いいけど……歩きにくいかもしれないよ?」 「気にしませんわ」  クララはヴァルトルートを大切な壊れ物でも扱うかのように、そっと握りしめた。かと思えば、指を絡ませてきて、少し引っ張っただけでは外れないような強固な握り方をする。  こんなに誰かと強く手を握りしめたのは初めてで、ヴァルトルートは少し緊張した。  けれどクララは慣れた様子で、ヴァルトルートを見下ろして微笑みかけてくる。それはまるで、恋人に向けるような眼差しによく似ていた。 (そういえばクララって、恋人とかいるのかな)  後宮を持つことが許されるのは女帝と嫡女のみであり、クララは後宮をもたない。けれどクララには大貴族の後ろ盾があるので、帝都にあるフェルゲンハウアー家の別邸を自由に使うことができるのだ。  後宮とまではいかなくても、そこに男を囲うことは可能だろう。 (あとで、聞いてみよう)  そんなことを考えながら、ヴァルトルートはクララに微笑み返した。 ***  バルア王城の中心部でもある、中央塔。  その左右に分かれた右天塔と左天塔に囲まれるように存在する中庭を、大庭園と呼んでいる。  広大な敷地を誇る大庭園の中心には巨大な噴水があり、その付近には東屋が二つ、対になるようにして並んでいた。  樹木の庭園と呼ばれるバルア王城の大庭園は、いつ見ても美しい。  久しくきていなかったヴァルトルートは、大庭園の美しさにほうとため息をついた。  低く刈り揃えられた樹木が迷路状になって道を導き、迷路の区切りとなる場所には天を目指して大きく伸びる針葉樹が存在を強調している。庭園をぐるりと囲むように植えられたヒノキ科の樹木は、美しく剪定された状態で柵のような役割をしていた。  どこを見ても、複数の木々が視界に飛び込んでくる。けれどもまったくといっていいほどに雑然とした印象はなく、配列に沿って整えられた木々たちは美しく優美ささえ醸していた。 「さぁお姉様、こっちです」  クララに手を引かれてやってきたのは、東屋だった。  中に設えた椅子に向かい合って座ると、クララは嬉しそうに机に肘をついてヴァルトルートを見つめてきた。 「お姉様と、二人きり」 「あはは、クララは面白いね。侍従がいっぱいいるじゃないか」  東屋から少し離れた場所には、ヴァルトルートとクララ、それぞれの侍従が見守るように待機している。  けれど、クララには彼女たちが見えていないらしく、ただ真っ直ぐにヴァルトルートに熱のこもった視線を向けていた。 (本当にクララは可愛いなぁ)  そんなことを考えながら、その瞳をじっと覗き込んだ。  頬を染めたクララだったが、我に返ったように慌てて視線を落とす。 「……どうしたの?」 「見ないでくださいませ」 「なにを? クララを?」 「瞳を、です」  クララはちらりとヴァルトルートを見たあと、自分の両手で目を覆ってしまった。  突然の行動に、ヴァルトルートは軽く目をみはる。 「わたしの目は、汚いのです」
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