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第一章
チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ。
大人が十人は広々と横になれる広さの「仕事部屋」には、古今東西あらゆる時代の時計が時を刻んでいた。
一抱えもある巨大な柱時計をはじめ、比較的小さな砂時計や水時計は当たり前。当時使用されていたままの様式で保存されている火時計や、規模や色、作動原理や保守方法の異なる壁掛け時計たち。
世界中の時計――そのなかでも個性的で有名であったり、歴史を代表している特別な時計たちが、この部屋のあるじのお気に入りだった。
時計の持ち主でありこの部屋のあるじでもあるヴァルトルートの一番のお気に入りは、複数のぜんまいや振り子からなる、複雑怪奇な仕組みになっているディタ式時計だ。赤子の身体ほどの大きさのディタ式時計には、三層になった時計版がついており、そのどれもが違う文字の羅列を刻んでいる。一つは今動いている時間を刻み、一つは星の動きを刻み、最期の一つは世界の崩壊までの時を刻んでいるという。
ヴァルトルートにはこの時計版のすべてにおいて、何が書かれているのか読み解けない。この時計は二百年以上も前にディタという小国で使用されていた代物であり、当時を生きた人々はすべてこの世を去っているのだから、解読できる者はほぼ現存しないだろう。
ディタでは高度な文明が発達していたというが、歴史の流れのなか大国ガルダイアの従属にくだり、長い年月を経て大国ガルダイアの文化を取り入れることに懸命になった結果、ディタ特融の文化は廃れてしまった、と聞いている。
「それってすごくもったいないよね」
机に肘をついて、ヴァルトルートはじっとディタ式時計を見つめる。
その瞳は恍惚としており、頬はふにゃりと緩み、口元はだらしなく歪んでいた。その視線はさながら、愛しい恋人を見つめているかのようだ。
「今日も元気に動いてるね。うんうん、いいことだよ。お腹はすいた? そう、明日たっぷりオイルを食べさせてあげるから、それまで待ってて。うん、いい子だね。きみは本当に可愛いよ。私の自慢の娘だ」
時計相手に一人で語りかけるヴァルトルートは、背後で「ボーン」と鳴った柱時計の音に顔をあげた。
「僕を呼んだかな? ああ、もうそんな時間か。そろそろ行かないと、エーフィに知られてしまうね。ありがとう、教えてくれて。きみは本当に気が利くね」
ヴァルトルートは大きく伸びをして、「仕事部屋」の中央に置いた作業用机の中から姿見を取り出した。それを立て掛け、中を覗き見る。
鏡に映ったのは、桃色の寝間着を着た十二歳の少女だった。宝石のような瑠璃色の瞳に、無造作に背中に垂らされた淡金の髪。ほっそりとした頬は痩せすぎ感があるものの、白い絹のような肌は肌理が細かく滑らかだ。
けれど容姿は――美しいとは言いがたい。
ぱっちりと大きい瞳は、可愛い部類に入るかもしれないが、目が大きい以外に取り柄のない顔立ちは、十人並みであると言えるだろう。ヴァルトルート本人も自分が美しくないことは重々承知しており、別段自分の容姿について不満があるわけではない。
だから、鏡を見た途端に胸を締め付けるような苦しさを感じたのは、容姿が優れていないせいではなかった。
ヴァルトルートは鏡のなかの自分を見つめ、そっと息を吐きだす。
ため息をついた理由の一つ目は、早朝のこの幸せな時間が終わることへの失望から。そしてもう一つは、鏡の中に映った普遍的な自分の姿に対する落胆からだ。
「僕、もう十八歳だよ」
誰にともなく呟き、手櫛でおおざっぱに髪を整える。
ヴァルトルートは、今年で十八歳を迎えた立派な妙齢の女性である。なのに――ヴァルトルートの外見は、十二歳のまま時を刻まない。
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