39人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
「あはははははははあはははあはあはあはははははははっ」
狂ったようなその声に、黒づくめの者たちがぎょっとしたように動きを止めていく。クララは大声で笑う。だが途中から咽ては、嗚咽が絡んできた。
ややのち、急に黙り込んで俯いてしまう。
「お姉様はわたしを愛してくださるわ。どんなときでも。……だから、剣を向けるなんて、嘘。これは夢なのよ」
クララはおもむろにドレスの裾をたくし上げた。ヴァルトルート同様に隠し持っていた護身用の短剣を、両手に持つ。
姉妹で剣を交えることになれば、体格や運動神経からしてクララのほうが有利だろう。だが、負けるわけにはいかない。
ヴァルトルートが構えをとったとき、クララもまた剣を持つ手に力を込めて――。
「お姉様と一緒に、二人だけで暮らすの」
そう呟いたあと。
クララは、自らの首に剣を突き立てた。
***
血飛沫がヴァルトルートの顔やドレスを濡らした。びちゃびちゃと酷く現実的な血の音が、愕然とするヴァルトルートの耳に届く。
(……僕が、見放したから)
ヴァルトルートと敵対して嫌われるくらいならば、死を選ぶということか。だから皇帝位を巡る件でも秘密裡に動き、ヴァルトルートとの対立を避けていたのか。
「……ク、ララ」
「クララ様!」
女の悲鳴に近い声が近くであがる。駆けようとしたその女は、ヴァルトルート側の従者に捉えられて地面に縫い付けられた。
「クララ様っ、誰か、クララ様を助けてぇ――っ!」
「医者を呼べ! すぐに止血を!」
夥しい血の量をまき散らしながらもクララは立っていた。ぐりんと宙を向いた濁った灰色の瞳には焦点がなく、喉をせりあがってきた血を口からごぼごぼとこぼしている。
――お姉様
クララの声が、聞こえる。
――お姉様、大好き
幼いころの記憶が、濁流のように押し寄せた。
いつだってクララはヴァルトルートを探していた。見かければ必ず声をかけてきて、しばらく会えないと部屋まで押しかけてきて、お姉様大好きと言いながら微笑むのだ。
握りしめていた剣を、取り落した。
(……クララ)
クララは、エーフィを殺そうとした。女帝に毒を盛り続けてきた。そう自分に言い聞かせて、ヴァルトルートは泣きそうになるのを堪える。
クララが従者たちの手によって地面に横たえられ、止血が行われる。
「早く医者を呼べ! 止血布が足りんぞ!」
「侍従長、無理です! 血が止まりません! 流れすぎています!」
「無理でも止血しろ!」
喉の傷に布を当てるが、一瞬で布は真っ赤に染まる。首を伝い、ドレスを鮮血で染めながら地面に血だまりが広がっていく。
(あそこにいるのは、罪人だ。……罪人なんだ)
皇帝位欲しさに、姉欲しさに罪を犯した娘。
だから――ヴァルトルートが胸を痛める必要は、ない。けれど。呼吸さえ苦しくて、胸元を掻き抱いた。
カツン、と何かが落ちる。
視線を向ければ、それは胸元にしまっておいた懐中時計だった。ガーくん六号。クララからの、贈物。
最初のコメントを投稿しよう!