第六章

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「あはははははははあはははあはあはあはははははははっ」  狂ったようなその声に、黒づくめの者たちがぎょっとしたように動きを止めていく。クララは大声で笑う。だが途中から咽ては、嗚咽が絡んできた。  ややのち、急に黙り込んで俯いてしまう。 「お姉様はわたしを愛してくださるわ。どんなときでも。……だから、剣を向けるなんて、嘘。これは夢なのよ」  クララはおもむろにドレスの裾をたくし上げた。ヴァルトルート同様に隠し持っていた護身用の短剣を、両手に持つ。  姉妹で剣を交えることになれば、体格や運動神経からしてクララのほうが有利だろう。だが、負けるわけにはいかない。  ヴァルトルートが構えをとったとき、クララもまた剣を持つ手に力を込めて――。 「お姉様と一緒に、二人だけで暮らすの」  そう呟いたあと。  クララは、自らの首に剣を突き立てた。 ***  血飛沫がヴァルトルートの顔やドレスを濡らした。びちゃびちゃと酷く現実的な血の音が、愕然とするヴァルトルートの耳に届く。 (……僕が、見放したから)  ヴァルトルートと敵対して嫌われるくらいならば、死を選ぶということか。だから皇帝位を巡る件でも秘密裡に動き、ヴァルトルートとの対立を避けていたのか。 「……ク、ララ」 「クララ様!」  女の悲鳴に近い声が近くであがる。駆けようとしたその女は、ヴァルトルート側の従者に捉えられて地面に縫い付けられた。 「クララ様っ、誰か、クララ様を助けてぇ――っ!」 「医者を呼べ! すぐに止血を!」  夥しい血の量をまき散らしながらもクララは立っていた。ぐりんと宙を向いた濁った灰色の瞳には焦点がなく、喉をせりあがってきた血を口からごぼごぼとこぼしている。 ――お姉様  クララの声が、聞こえる。 ――お姉様、大好き  幼いころの記憶が、濁流のように押し寄せた。  いつだってクララはヴァルトルートを探していた。見かければ必ず声をかけてきて、しばらく会えないと部屋まで押しかけてきて、お姉様大好きと言いながら微笑むのだ。  握りしめていた剣を、取り落した。 (……クララ)  クララは、エーフィを殺そうとした。女帝に毒を盛り続けてきた。そう自分に言い聞かせて、ヴァルトルートは泣きそうになるのを堪える。  クララが従者たちの手によって地面に横たえられ、止血が行われる。 「早く医者を呼べ! 止血布が足りんぞ!」 「侍従長、無理です! 血が止まりません! 流れすぎています!」 「無理でも止血しろ!」  喉の傷に布を当てるが、一瞬で布は真っ赤に染まる。首を伝い、ドレスを鮮血で染めながら地面に血だまりが広がっていく。 (あそこにいるのは、罪人だ。……罪人なんだ)  皇帝位欲しさに、姉欲しさに罪を犯した娘。  だから――ヴァルトルートが胸を痛める必要は、ない。けれど。呼吸さえ苦しくて、胸元を掻き抱いた。  カツン、と何かが落ちる。  視線を向ければ、それは胸元にしまっておいた懐中時計だった。ガーくん六号。クララからの、贈物。
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