a cup of coffee

3/5
前へ
/68ページ
次へ
外回りの多い営業メンバー全員が出社する今日は、社内がいつもより賑わっている。 天羽はいつも通り仕事をしていた。産業関連の展示会は春秋に開催されることが多い。暑さのピークを過ぎたこの時期は、間もなく始まる展示会の準備に向けて忙しくなっていた。だからなおさら、飛び込みの営業で実のない話をされるのは苦痛だった。 先ほどの売り込みで渡された資料のうち、会社案内を残して後はゴミ箱に捨てた。男の名刺を付けて、業者ファイルホルダーに挟み込んだ。時計を見ると三時を過ぎていた。天羽は静かに立ち上がると給湯室に向かった。 コーヒーを淹れ、空いた応接スペースでガス抜きをしよう。そう思いながらふわふわと歩いていった。 カリカリカリ......ミルの中で豆が砕ける軽い音が響く。給湯室の狭い空間にコーヒーの匂いが広がってゆく。 ここで働き始めてもうすぐ半年になる。仕事は順調だし、人間関係も特に問題ない。ボロボロの精神状態で逃げるように辞めた以前の職場からは想像できない程健全だ。でも、生活が落ち着くと人恋しさが募ってきた。性的指向を公表するつもりはもちろんないから、気兼ねなく遊びに行ける相手はごく少ないゲイの友人に限定される。と言っても、この数年恋愛に振り回されていた天羽は友達も少なかった。 そろそろ新しい出会いを求めて行動した方がいいのだろうか。このまま何もしなければ、休みの日も一人で過ごさなきゃならないんだろうな。そんな事を漠然と考えていたら、薄暗い給湯室に影が射した。 入口に人が立っている。天羽も決して背が低い方ではないけれど、更に頭半分程背が高い男がそこにいた。熊谷(くまがや)(たすく)だ。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1727人が本棚に入れています
本棚に追加