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between the sheets
「じゃあこれで飲み会は締めます。二次会組は駅前のいつものカラオケ予約してあるから行くよー」
総務課長が声を掛けながら会計に立った。
わらわらと鞄を探す人、スマホを確認する人、トイレに立つ人で混雑していたが、しばらくすると人の流れが整い始めた。
でも店の一角で動きのない塊があった。 壁際ですっかり脱力した天羽が気持ちよさそうに目をつむっている。隣にいる人事の嘱託社員が熊谷の姿を探して店内を見回していた。
「いたいた、熊谷くーん、お一人様脱落してる」
「あー、はいはい。天羽さんですね。途中までは大丈夫そうだったのに、寝ちゃったか。じゃあ俺がお預かりしまーす」
「悪いね。いつも頼んじゃって」
そう言いつつも悪びれる様子は全くない。もちろん、熊谷もいやいや引き受けているわけではない。だらだら飲み続けるのも嫌いではないけれど、オールでホテルに泊まるのも面倒なので、酔っ払い送り届け担当の一人として立候補しているだけだった。
「天羽さん、T駅だから」
「個人情報だだもれっすね。T駅なら近いから楽です」
「遠かったら頼まないよ。後で送迎料せしめなよ。俺は時々社長とタクシー相乗りして送り届けるけど、玄関先で奥さんがビールくれるんだよね」
「あはは、酔っ払いにさらにビールっていいっすね。でも天羽さん、独身ですよね? 流石に酔っ払った本人からビールせしめるのは......」
「ははっ、じゃあ今度また別で飲みに行こう。私がおごるから」
「まじすか、棚ぼた! ありがとうございます。じゃあ、連れて行きますんで、みなさんカラオケ楽しんでください」
「おう、おやすみ、またね」
小さな会社だけあって付き合いは密だけれど、気楽な部分もあるのがありがたい。
T駅なら送り届けた後でカラオケに合流できるのだが、こういう時はいつもそのまま帰るようにしている。電車に乗ったりして宴会のテンションが抜けると、また戻すのが大変だ。
ビールの後に、社長や部長に付き合って日本酒まで飲んだらしい天羽はすっかりふにゃふにゃになっていた。
今日はかなり楽しそうだった。もしかしたら、女性に緊張したり、酔っ払ってキスしてくる方が本来の天羽なのかもしれない。
俯いた頭を撫でると、子犬のように掌に頭を擦りつけてくる。さっきキスした時のように、引きずりこまれる感じはもうなかった。
「あーあ、しょうがねーなぁ、天羽さん帰るよー」
熊谷の声に、うーんと唸るような返事があった。促してみると、一応立てるようだ。忘れ物がないか確認して、天羽の鞄を手に出口に向かう。歩いてはいるものの足元がおぼつかない。
熊谷が腕を掴むと、ぐっと体重をかけてきた。
「おおっ、重いって!」
割と本気で困った声を出すと、綺麗に整えられた黒髪が胸元にこてんと倒れてきた。肩が揺れている、笑いをかみ殺しているみたいだ。
「くくく……ふ、あははははー、ごめんなさーい」
「笑い上戸ですか。ほらー、歩いてください。足を交互に出すんですよ」
酔っ払いにはなれている。ぐだぐだになっている天羽にを宥めすかして歩かせるのなんて、お手のものだ。
店の外に出ると、まだ数人が立ち話をしていた。挨拶を交わし、二人駅へと向かった。
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