between the sheets

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++++ 急行で数駅先のT駅に着いて改札を抜けても、熊谷はまだ半分眠った状態だった。   「天羽さん、お家どっちですか?」   一人で帰れそうなら、ここでペットボトル一本でも手渡して去るのだが、あまりの無防備な酔っ払い方に放置するのも躊躇われる。置いておいたら財布を取られたり、もしかすると本当にお持ち帰りされるかもしれない。 山下が指摘した通り天羽は見た目もいいし、仕事もできる。キスも慣れてるみたいなのに、女性社員にぐいぐい来られて緊張しているのが不思議なくらいだ。   腕をとって支えながら歩きだすけれど、いちいち脱力されて危なっかしいことこの上ない。   「えーと、ちょっと腰持ちますよ。セクハラで訴えないで下さいね」   腕を腰に回すと、多少身体が安定した。ただし、その分相手が自分に寄り掛かってきているような気もする。華奢な天羽だからいいもののこれが別の同僚なら絶対に支えられないし、そもそも腰に手を回すのも大変だ。 夜風に吹かれながらプラットホームをのろのろと歩いていると、二人の服についていた居酒屋の匂いも少しましになった。煙草の匂いの奥に、さっき嗅いだ香水の匂いがして、甘く絡んできた舌の感触が蘇る。 変な人だなぁ。いや、変なのは自分か。どうしてそのままキスし続けてしまったのか。   「ほら、天羽さん、お家まで行きますよ。南出口でいいですか?」 「そうそう、北改札ね」 「なんだ、起きてるじゃないですか。歩いて下さいよ、北出口に出て自分で帰れますか?」 「どうかな......帰れないかも」   うなだれた頭を上から見ると前髪の隙間からつるりとした鼻先だけが見えている。と思ったら、顔がぐっと上を向いた。額にかかる前髪の隙間から薄目でこちらを見据えていた。 間近でみる天羽の顔はやはり涼やかで整っていた。黒目が大きいせいか、警戒心の強い動物に見られているような気になっている。何秒くらいたったのだろう。天羽は突然目を閉じて、『違う』とでも言いたげに首を横に振り、ため息をついた。 取り敢えず北出口に向かってゆくと、天羽は寄り掛かりながらも歩いてゆく。おぼつかない足元ながら改札を抜けて階段を上がり、むしろこちらを引き摺るように進んでゆく。 もう一人で大丈夫なんじゃないのかと思いつつ、熊谷はこの状況を楽しんでいた。十五分ほど歩くと、単身用にしては少し高そうなマンションについた。オートロックを解錠し、エレベータに乗る。しんとした箱の中で、天羽は目を閉じて考え事をしているようだ。そして扉の前にたどり着いたけれど、熊谷にしがみついたまま動く気配はない。   「天羽さん、鍵は?」   いやいや結構です、とでもいうように首を振るばかりで取り出す気配はない。   「もう! 失礼しますよ」   マナー違反なのは承知で、スラックスの後ろポケットと横ポケットを順に探ると、困ったように身体をこわばらせた。固い感触のあった左の横ポケットから勝手に鍵を取り出してドアを開けたら、一人暮らしにしては広めの間取りが広がっている。   靴を脱がせ、寝室であろうと見当をつけた奥の部屋を開けると、予想通りベッドがあった。
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