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くったりとした手脚を投げ出している天羽は睡眠薬でものんで眠っているようにすら見えた。
まったく、襲ってくれと言っているようなものだ。薄っすらと開かれた唇の隙間に、店で感じた咥内の濡れた感触をまた思いだして身震いした。
柔らかく、溶ける寸前で形を保っているような舌。一度頭の中で言葉にすると、そのイメージが頭から離れない。
相手は、男の同僚だ。そう自分に言い聞かせたのに、唾を飲みこんだ音が耳の中に大きく響いてうろたえてしまう。なんなんだこの感覚は。
その時、天羽が小さな声を上げ、ガーゼケットを跳ねのけながら寝返りを打った。
「ケイタ......」
そう聞こえた気がした。ケイタ? 男の名前か、聞き間違いか。
下着だけで、膝を抱えるように背中を丸めている。ふと熊谷の目が天羽の脚の付け根で止まった。目を逸らさなければ、と分かっているのに思わず凝視したのは、小さなホクロとそれを囲むように弧を描く断続的な線だった。
噛み痕か。
よく見ると肩にもうっすらと線が見える。治りきっていない傷のような、まだ周りの皮膚になじんでいない痕がお酒のせいで浮かび上がってみえる。
仕事と恋愛の顔は別物なのか。割り切るようなタイプには見えなかったから、正直驚いた。
思わず噛まれている天羽を想像していた。相手の見せる独占欲に、髪を振り乱して眉根を寄せ、噛まれる痛みにこらえている男を。
腹の奥でむずむずと不可解な熱が高まってゆく。
熊谷もモテない訳ではない。
ただ、相手からあれこれ求められることが苦手だった。週末は必ず一緒にいたい、構ってほしい、自分だけを見て、毎日連絡して。もっと優しい人だと思ったのに。押し付けられることが多すぎて、気持ちがもたずに別れることが多かった。恋愛にのめり込むほど執着できる相手に会ったことはなかったし、どうして相手が自分を独占したがるのがも理解できなかった。
それにしても、内腿や背中に噛み痕を付けるなんて、淡泊に見えて激しいセックスが好きなご様子で。
そこまでの独占欲に縛られるのも、天羽のような人間であれば案外似あうのかもしれない。
そんな想像をしながら部屋を後にした。
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