stigma

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「あー、頭痛い……」 ベッドに寝転んだまま手で顔をこすった。服は脱いだみたいだけれど、シャワーは浴びてない。 さっさと起きて水を飲み、汚れを落としたいけれど身体がまだ覚醒していないのか起きる気分にならない。 シーツの上でゴロゴロしながら天羽は昨晩の記憶をつなぎ合わせていた。 中締めの後も残って、最後までいたのは失敗だった。酒の飲み方すら覚えていないほど久しぶりだったのにちゃんぽんするとか、あり得ない。しかも熊谷が近くに来たせいで、浮かれてしまった自覚はある。 そして、その張本人が送ってくれるなんて想像もしていなかった。 もちろん同僚としてなのは分かっているし、感謝しているし、何より嬉しかった。でも、普通、タクシーに突っ込むとかじゃないのか。まさか玄関まで送り届けてくれるなんて。 ただ、記憶が飛び飛びなのが恐ろしい。自分が笑ってふらふらしていたのはうっすら覚えているけれど、何をしたのかは曖昧だ。 変なことを口走ってなければいいけど、と天羽はぎゅっと目を閉じた。 いい年こいて酒の飲み方も知らない人間だと思われただろうか。それより、しがみついたことを変に誤解されていないといい。折角いい会社に転職したのに、気持ちが悪いとか、なんとなく変なやつだといって避けられるのはもう二度とゴメンだ。 「天羽さん」と自分を呼ぶ声が頭の中によみがえる。隣に座っていた熊谷の顔とともに。 やっぱり似てるようで違う。熊谷は:慶太(けいた)と違って五歳も年下だ。外見が似ていると思ったのは初対面の時だけで、持っている雰囲気も真逆。『だから』というべきか、『なのに』というべきなのか、会うと身体が勝手に反応してしまう。動悸、挙動不審、言葉が上手く紡ぎだせない。 幸い仕事上の接点は少ない。引き返せなくなる前に、自分の中でねじれた気持ちを整理しなければ、と思っていたのにこれだ。  二つ年上だった慶太とは、転職前の職場で知り合い同棲までしていた。製品開発部の販促課にいたのが天羽、慶太はプロダクトデザイナーだった。 誰にも知られてはならない関係は刺激的で、盛り上がった。でもそれも最初だけだった。 浮気現場に遭遇したのだった。好みだったし、好きだったし、正直自分にはもったいないほど魅力がある、と思っていた。 強引なところもあったけれど、それをひっくるめて好きだった。でも、恋愛においては最初からルーズだった。自分の魅力を試すかのように、手当たり次第口説いては寝ていた。それでも、結局自分のもとに帰ってくる。気まぐれも強い自惚れも、才能とのトレードオフだと勘違いしていたのだ。尊敬と愛情がごちゃ混ぜになって、喧嘩をするたびに、これが最後だと思いながらずるずると続いていた。 社内でのトラブルも天羽を疲弊させていた。慶太は仕事でも強引なところがあった。波に乗っている時は多少のトラブルも黙認されていたけれど、一旦つまづくと目も当てられない状況になってゆく。ごり押しした案を、土壇場で客先に突き返されて激高することもあった。自分の考えに固執しすぎで衝突することが増えていった。 イライラのはけ口は、プライベートでも職場でも天羽に向けられるようになった。 同情して寄り添えば調子に乗り、否定すれば反撃する。うまくいかないのを天羽のせいにするくせ、離れようとすると、寂しい、愛していると甘えた。 許しても何の解決にもならないと分かっていたのに、疲れすぎて考えることを放棄してしまった。
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