stigma

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冷蔵庫から水を出し、まだ起動しきっていない胃に流し込む。透明で混ざり気のない液体が身体に浸み込んで少し頭が働きだした。 「まずはシャワー、かな。出かけよう」 間延びした欠伸と独り言が、誰もいない部屋に響く。 脱衣所においてあったスラックスはきちんと折り目に沿ってたたまれていた。 下着を脱いで、横にあった昨晩のシャツと一緒に洗濯機に放り込む。 それにしても、男同士だからって、シャツもスラックスも脱がすとかするかな? 男友達同士ってそういうものなのか? 恋愛感情抜きの男同士の距離はいまでもよく分からないし、苦手意識がある。だから、吉本のようによほど安全な相手以外とは、できるだけ距離を置くようにしていた。 今回は自分が酔い過ぎたことが原因だから熊谷に文句を言うつもりは勿論ない。でももし自分がノンケで、同僚の男が同じようになっていたら脱がせるだろうか? そんなことはしない気がするけど。 思い出してみると、頭を撫でられた気がする。それから、後ろに人の気配がして、背中に柔らかくて温かいものが触れた感触。指先にしては柔らかい感じがした。ふと唇じゃないかと想像した。まさかキスなんてしないよな。でも考えれば考えるほど、熊谷が眠っている自分の背中に唇を当てたイメージとその感触がよみがえる。大分前に確認しただけなので曖昧だけれど、噛み痕の残っている辺りだ。 酩酊して都合よくでっち上げた妄想なのか、本物の記憶の断片なのか。 見られた可能性はあるだろう。まあでも、男に噛まれた痕だなんて想像もしないだろうから構わないか。 熱めのシャワーで、肌に纏わりつく落ち着かない記憶を洗い流した。ボディーソープを泡立てた手を身体に滑らせていると、背後に人がいる感じがよみがえってきた。 別れた恋人も、眠りかけた自分の背中に優しくキスを落としてくれたことがあった。優しかった、最初の頃だけは。 最後の朝、一人で目を覚ましたのに、身体の中にまだ慶太の余韻がくすぶっていた。洗っても洗ってもぬぐえなかった感覚。それからずっと、このベッドで一人で目を覚まし続けている。新しい相手を探す気持ちにすらなれなかったけれど、今なら他人を求められる気がする。 慰めを欲しがっている身体に、天羽は自分の手を滑らせた。 ぬるつく掌で扱くと、すぐに熱がこみ上げてくる。後ろから強く抱きしめられながら触れられる想像をしていた。大きな、節のある指が優しく絡みついて、吐精を促してくれる。 「ふっ......ん......」 かたく閉じた瞼の裏に浮かんでいたのは、IDカードをごと自分の手を掴んでいた熊谷の指だった。大きな手で後ろから包み込まれる想像をした。ぴったりと身体を押し付けられて、肩越しに名前を呼ばれる。低い声と荒い息が耳元にかかる。手の中で欲望がぐっと固くなる。 でも、ここにいるのは僕だけだ。彼がこの部屋に来ることはもうないし、僕の服を脱がすことなんてありえない。 「学習しろよ、ばかだな......」 早く済ませたくて上下する手を早めた。大きな波はないけれど、細い管を抜ける生理的な快感の兆しがあった。気持ちよさなんて二の次で、力を入れて激しくこすってやる。 「あっ......ん、……」ため息の延長のような声を漏らして達していた。快感とすら言えないほどの、おざなりな行為だった。鼻の奥がつんと痛くなる。 何に対してなのかはよく分からない。 それでも、吐き出してしまうと少し気持ちが落ち着いた。先端から出た白濁は、そのままシャワーの湯に紛れて排水溝へと吸い込まれてもう跡形もない。 トーストとコーヒーで簡単な朝食を済ませて天羽は家を出た。 翌週を乗り切るために、コーヒー豆を買いに行くのが週末の習慣だった。 次の月曜日、今度は偶然じゃなく、熊谷に飲ませるためのコーヒーを選ぼう。 そう思うと二日酔いも少しだけましになる気がした。
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