a cup of coffee

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「あ、どうぞ」 お茶でも淹れに来たのかと思った天羽は、柔らかく微笑んで狭い空間から出ようとしたが、熊谷は出入り口から退く気配を見せなかった。その代わり、クンクンと鼻をならしながら天羽の手元を見た。 「お疲れ様です。いい匂いですね」 「お疲れ......様です」 口を開いたまま言葉をつづけることができない天羽を促すように、熊谷は小首を傾げて微笑み返した。彫りの深い顔立ち。全てのパーツが際立って見えるけれど、笑顔はやわらかい。何より、天羽にとっては見覚えのある顔だった。 黙ったままの天羽が自分の名前を思い出そうとしていると勘違いしたのか、熊谷は冗談めかして胸に手を当て、恭しく名乗った。 「営業の熊谷です、天羽さん」 知っている。さっきくしゃみしたのもあなたでしょう? あの意地悪な対応を聞かれていたのだろうか。あれは向こうの営業の提案が的外れだったんです、いつもはちゃんと話を聞いているんです。と説明するのもなんだか言い訳がましいし。 「すいません、度忘れしてしまって」 名前を忘れていた振りをして微笑み返すと、大きな瞳が人懐っこそうに細められた。ああ、やっぱり似ている。喜びと不安が同時にかき立てられて渦を巻く。持て余すしかない感情に囚われないようにぐっとこらえた。似ているけど、違う。そもそもこの人が醸し出す空気はとは正反対だ。 「わざわざ会社で挽いているんですか?」 そんな風に話しかけられると、手が、指先が所在なく遊んでしまう。天羽の親指は無意味にミルの縁を撫でていた。 この人はノンケだ。どんなに自分に言い聞かせても、一緒の空間にいると心が勘違いをして脈が早くなる。そんな気持ちを気取られないように、できるだけ平坦な声で答えた。 「挽くのも楽しいんですよ。カリカリやってると無心になれるから疲れた時にいいんです。それに挽きたては香りが違います」 熊谷はくっきりとした眉を大げさに上げて目を見開いた。楽しい発見をした子供のような無邪気さで笑っている。眩しすぎる。 「分かります、分かるけど俺はそこまではできないな。おいしいものは飲みたいけど、まずミルを持ってないし。どうしても飲みたいときは専門店にいっちゃうんですよ」
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