澄んだ言葉の、その下は

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澄んだ言葉の、その下は

『彼氏ができました』  それは、喜びが溢れ出てくるような一文だった。  添付されている写真には、満面の笑顔を浮かべた親友と恋人であろう男性、それを囲うようにして彼女の新しい同級生たちであろう男女数人が写っている。投稿されたのは数十分前だが、既にコメント欄には彼女の投稿に反応して様々な人から祝福のメッセージが届いていた。  レポートを作ろうとパソコンの前に座っていた私は、レポートのことなど一瞬で忘れて画面を凝視した。何か反応しなければ、としばらく天井付近に視線をウロウロと彷徨わせる。  とりあえず、画面に表示されているハートマークをタップする。良いも悪いも好きも嫌いも、全部を一回で込められる便利なボタンだ。ハートが赤く色付いた。 『おめでとう! 今度話聞かせてね!』  打ち込んでみたメッセージはやけに他人行儀で色が無く、空々しいものだった。何回か文章を考えて打ち直してみるも、しっくりくる文章が思いつかない。  あれ。私、今までどんな風にあの子と話していたっけ。こんなお行儀の良い会話をしてたっけ。たった半年前のことが上手く思い出せない。  写真の中の彼女の顔は幸せそうで、楽しそうだった。遊園地の写真、オシャレな料理店で大人数が集っている写真、これは、どこかの草原の写真だろうか。対して照明の反射のせいで画面に映り込んだ私の顔の、なんと不細工なこと。  彼女の投稿よりも、自分の歪んだ顔に目を盗られてしまい、私はスマートフォンを放り投げてベッドに沈み込んだ。スマートフォンは一度ベッドの上で跳ねて床に落ちる。意味もなく足元にある毛布を蹴り飛ばす。しかし、開いた窓から入り込んできた風が思ったより冷たく、すぐに身体に掛け直す羽目になった。  この感情は、新しい生活を謳歌している彼女に対する僻みなのだろうか。  写真の中の、色鮮やかで綺麗な景色と彼女の笑顔が脳内に蘇る。私の知らない景色。私の知らない人達と写真に写る彼女は私の知らない顔をしている。  私は狭い部屋の中で、相も変わらずベッドに寝っ転がって、何もない天井を見上げているだけなのに。  いなくなった。  私の知ってる彼女は、もういなくなった。  身体を捻って、放り投げたスマートフォンを拾い上げながら、への字に歪んだ唇の端を指でつまむ。まるで彼女に置き去りにされてしまったかのような被害妄想が止められない。  新しい場所で、新しい人達と、新しいことを覚えていく彼女と、古いまま、新しくなるのを怠った私。彼女が私を置いていったのではなく、私が彼女に置いていかれただけなのだと、頭の中では解っていた。  寝返りを繰り返されたベッドがギシリと音を立て、狭い部屋に響いた。ノロノロと起き上がって、窓とカーテンを乱雑に閉める。 『おめでとう』  あれやこれやと考えて、結局、私が送ったメッセージは簡潔なものだった。渦巻く汚い感情をごっそりと削ぎ落とした、無色の上澄みのようなメッセージが返信欄に加わる。  画面の中で、小さなハートマークの赤が酷く主張していた。
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