ラブレター

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 仕事帰りにアパートの集合郵便受けに立ち寄って開けたら、白い封筒が入っていた。裏を返して差出人を見ると俺は心がじんわり温かくなった。  故郷で働いている彼女からの手紙だった。丁寧で四角いきれいな字が並んでいる。  階段を急いでのぼり、部屋の鍵を開けるのももどかしく中に入った。うきうきと封を切るためハサミを用意して、手紙と並べてテーブルに置く。  そこで頭が冷静になった。  普段はメールかSNSでやりとりしているのに、なぜ手紙? (もしかして、別れの手紙?)  俺は速くなった鼓動を抑えるように胸に手を当てる。 (誕生日にはプレゼントを贈った。帰省したときは一緒に過ごした。いつも好きだと伝えてきた。できるだけのことはした)  一度水を飲みに立ち、再びテーブルの上の封筒に向かった。  ごくりと唾液を飲み下し、封筒とハサミを手に取る。封のすき間からハサミの刃を差し込みすうっと切る。  便箋を出そうと中を覗くと空の模様の印刷がされている――と、思ったとき封筒の底から白い二本の手がにゅっと伸びてきて、両頬を挟まれた。慌てる俺を手は封筒の中に引きずり込む。 (助けてくれ!)  目をつぶって叫んでも声になっていない。  引き込まれる時間はとても長く感じた。危害は何も加えられない。  思い切って目を開ければ、さっき見た封筒の内側の柄のような青空を飛んでいる。風が髪を梳き服をぱたぱたとあおる。 (気持ちいいな)  すると頭の中に声が響いた。 『好き!』  驚いて視線だけきょろきょろさせる。 『大好き!!』  その言葉とともに、唇に何か柔らかく温かいものが押し当てられた。 (キス?)  その瞬間頬を包んでいた手が離れて、俺は空から落下し始めた。 (今度こそ助けてくれ!)  心の中で叫んだものの虚しく俺は落ち続けて、その速度に気を失った。  目が覚めると、いつもの自分の部屋だった。  起き上がると傍らにはハサミと彼女からの封筒。  俺は封筒を拾い上げ、中を覗いた。  相変わらず空の模様の印刷だが、もう何も起きない。  折りたたまれた数枚の便箋を取り出す。広げた便箋も空模様で、何も書いていない。  首をひねりつつ一枚目を取り除くと、そこには大きな文字で――  好き! 大好き!!  おまけにピンクの口紅のキスマーク。 「ふわぁ……」  声が出ていた。  頭に響いたのは彼女の声だと思ったのだ。  その時、唇に違和感を感じて何の気なしにこすったら、ピンク色が手についた。手の甲と便箋のマークを見比べる。同じ色だ。  この手紙は彼女からの間違いのないラブレレターだ。ラブレターだ!  便箋は三枚あった。三枚目の隅に小さな文字で――  キスマークは手紙じゃないと送れないから、今日は手紙。  浮気しちゃ駄目だぞ。  封筒の大人らしい文字と違う丸っこい文字がいとおしくて、俺は胸に抱きしめた。彼女の思いが俺の胸を熱くした。  ひとしきり感激していた俺が次に何をしたかというと――便箋と封筒を買いにコンビニに走ったのだった。 ――了――
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