超能力893

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夕暮れ。空は茜色。カラスが遠く鳴いていた。商店街の外れに構えた小さな店先に、こんがり焼けた鶏肉の旨そうな香りがほわほわ漂っていた。頭に鉢巻きし、竹串に刺さった鶏肉を火の上で器用に回して炙っているのは土用春男(どようはるお)。 土用春男は年季の入った焼き鳥屋だが、その一方で喧嘩を生業とする極道でもあった。この辺の荒くれ者は、喧嘩の加勢は土用春男に頼む。希に土用春男は喧嘩の双方の側から加勢を頼まれることもあった。そんなとき土用春男は、双方の間に立って喧嘩の仲裁をする。この辺りの者で、土用春男の顔と名を知らぬ者はない。 しかし土用がその名を知らしめているのは、何も喧嘩の武勇伝によるものだけではなかった。土用には、彼にしか出来ぬ類い稀なる特技があったのだ。 噂は噂を呼ぶ。土用のような生まれながらの極道者には良い噂など似合わぬのだが、やはり良い噂は人を呼ぶ。土用の特殊な【力】を頼りに、今日も彼の元には人が来る。 「ごめんくださいまし」 暖簾をくぐったのは、疲れた感じの五十代ぐらいの女。 「はい。いらっしゃい」 喧嘩の達人、泣く子も黙る土用春男も、鳥肉を焼いているときには愛想が良い。 「実は焼き鳥じゃなくて、土用さんのお噂を聞きつけてお願いに参ったのですが」 なるほど。あっちの客人か――土用は合点し、奥で休憩していた子分の日野勘助を呼んだ。「おい、ちいと代わってくれ」 勘助に焼きを任せてから、客人を奥に招いた。 「まあどうぞお上がりになって下さい」 狭苦しい焼き鳥屋の奥が、土用の自宅兼事務所になっている。事務所といっても畳六枚分の面積の古ぼけた和室だ。
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