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過去と一致
…あれから、ゆみの生活は、良くなったとは言えなかった。
案の定、大水の女癖の悪さが公になり、それに溺れていたゆみの印象はだだ下がり。
ゆみと仲が良かった友達も、だんだんと離れて行ったようだった。
徹は、高校時代に見た、あの苦く辛い出来事を、思い出さずにはいれなかった。
どうすれば良いか必死で考えた。
ゴタゴタの人間関係で、もう彼女を失うのは御免だった。
ゆみが一時、ひたすら気にしていた、周りからの評価。
くだらないと思った。
だが思い出した。
愛し合う男女の関係を壊したのは、そこに関与するべきでなかった、外野の存在だ。
〝周り〟と言う存在が、ことの外大きく、くだらないものなどではないことに、気付いているはずだった。
壊れるな。
ある程度まで耐えれば…いつか終わることだ…。
少し暗くなってしまったゆみを元気付けようと、ゆみが好きな服屋が沢山ある、最近出来たモールへ親の車を借りて連れて行った。
モールの帰り、少し車で走ると、保土ヶ谷公園があった。
「…懐かしいな。保土ヶ谷公園」
そう、ゆみが言った。
徹は目を見開いた。
「…懐かしい?来たことあるのか?」
「高校の時、陸上部の絡みで、仲良かった女の子がいてね。その人実は横浜の人でさ」
「ほぉ…?」
「ごめんね、こんな話して。でもまだ徹に話してなかったな。ちょっとだけ、そのこと話させて────」
千葉体育大学附属高等学校。
私が卒業した高校だ。
私は、高校二年生の時、新人戦の関東大会で、横浜の高校で同じ中距離をやっていた、同い年の池田 美穂と知り合った。
800mのタイムが、かなり近い人であった。
その人と知り合って、横浜で遊ぼうってなって、時間かけて横浜まで行った。
とても仲良くなって、そのまま地元を走らない?と言う話になった。
保土ヶ谷公園があるからって。
それで初めて来た。
かなり楽しかった。
距離が距離だけに、あったのはその一度きりだったが、連絡は高頻度で取り合い、三年生の総体で、二人とも関東までいって、また会いたいねと話をしていた。
でも…美穂の県総体の直前、全く連絡が取れなくなった…。
嫌われたのか、めんどくさくなったのかは分からない。
ただ、いつまでも既読のつかないラインを見るたび、不安になった。
だが、数日後にテレビを見て、まさか、と思ったが…なんとなく察した。
それを知る覚悟はあった。
だがツテがなかった。
結局、三年の関東大会では会うことも出来ず…。
今頃どうしてるのかな…。
あの時以来だな。ここ来るの────。
徹は、全てを思い出し…体が震えて、鳥肌が立った。
────…池田…美穂…
「ゆみ…そういえば…僕とあんまり高校時代の話してなかったよね」
うなずく、ゆみ。
「僕の卒業校、知ってるか?」
今度は、首を横に振るゆみ。
徹は、保土ヶ谷公園に車を停めて、思い出の…彼女に想いを伝えられた、あの広場へ足を運んだ。
────そういえば、そうだった。
二年生の9月、彼女と付き合い、迎えた新人戦。
そこで、同じような実力の人と知り合えたんだと、彼女は嬉しそうに言っていた。
…その人が…。
ゆみに感じていた、既視感。
テントまで出向いて…彼女と仲良く話していた…あの子が…。
なぜ気付かなかった。
どうしてゆみに気付かず接していたのだ僕は。
…狭すぎる。
この世の中は狭すぎて、生きづらい。
ゆみは、彼女のことを知っていた。
でもそれが、僕の彼女だったと言うことは知らなかった。
今彼女が、どこにいるのかも…。
僕は気付くことが出来たはずだ。
過去をひたすら隠したがったせいで、ゆみとそういう高校時代の話をすることがなかった。
ゆみ自身も…隠したいことがあったから。
僕は、ゆみが知らない、彼女のことを知っている。
────池田 美穂が今どこにいるのか、知っている。
伝えようか…。
「…僕の高校は…三ツ境高校。三高とか言われてた、それ」
「…三高…?」
「三高で、陸上部だった。意味分かるか?」
「…同じ高校だったの…?」
「それだけじゃない…。僕と美穂は────」
『美穂って、彼氏は?』
『つい最近出来たの!同じ陸上部』
『へぇ〜いいな〜。良い感じ?』
『うん…すごく優しい人だよ。私を第一で考えてくれてて…』
美穂に憧れはあった。
800mのタイム…私よりほんの少し上。
彼氏…あり。
学力…大差で私の負け。
なんに対しても、上の存在。
言わば、憧れ。
大谷君が徹に感じたそれと、同じものだ。
だから、彼があの時言ったそれは、すぐに理解が出来た。
彼と私が異なるのは…その憧れの存在が、目の前にあるか、どこにいるのか分からないか。
その憧れの美穂に、出来た彼氏…。
気になってはいた。
どんな人なのだろうと。
お母さんの時、自分を犠牲にしてまで私を助けてくれた徹…。
こっそりだが、そんな人が美穂の彼氏だったのだろうと思っていた。
でも、まさか────
「付き合ってたんだ。高校二年の夏から…」
「…っ。そんなこと、あるんだ…。こんな偶然…ドラマみたい」
「…美穂の行方は知っている」
「…なんとなく、想像は出来てはいるのだけど…」
「僕がいつか話すと言ったことがそれだ。美穂は三年の県総体の前に自殺した。自分から刃物で腹を刺して、真っ黒な血を流して死んだ」
「…あのニュースでやってたのは…やっぱり、美穂か…」
ゆみは、泣いた。
覚悟は出来ていたが、仲良くなった友達が死んだと知れば、やはり堪えることは出来なかった。
徹は続ける。
「この公園…僕にとっても思い入れがあってね。ここで告られたんだ。美穂に」
「そういえば…あの時そう言っていたかも…」
「…それで────」
徹は全てを打ち明けた。
大谷とのこと。
浦田のこと。
美穂が、僕の他の人を幸せにしろと言ったこと。
それが、美穂にとっても幸せだということ。
そして…それを乗り越えて、言われた通り、ゆみを、愛するということ。
幸せにしたいということ。
また、ゆみは泣いた。
「お互い軽くなった」
徹は呟いた。
「もう何も、隠していない」
「…私で…美穂を超えられるのかな…」
「…超える必要なんてない。そもそも比べようとしていないよ。ゆみは、ゆみだ。そのゆみを愛してるんだ」
「…ありがとう」
「正直不安だ…。今ゆみが周りの人間から受けている、あの雰囲気…」
「あ…」
「似てるんだ。高校の時と。あの時は…僕は美穂を守れなかった。…でも今回は守り切ってやるよ。ゆみを守る。それが美穂への償いにもなると思うんだ」
「どう、守るの…?まさか私を責める人みんな殺す気…?」
「そんなわけあるか。今の彼氏は僕だ。ゆみがこうなったのも、大水の彼女だったからだ。大水が〝そういう人〟だって公になったから、こうなってるんだ」
「…うん」
「なら僕が目立てば良い。大学の誰もが僕の名前を知って、その僕が大水とは違う、良い方向で有名になれば良い。その彼女だ、ゆみは。そりゃ妬みも増えるだろうよ。でもきっと…人は僕らをお似合いだって、言ってくれるはずだ」
「…どうやって有名になる?」
「大学以上に…羽ばたいてやるんだ。僕が出来ることは…陸上競技…。それも、テレビで公になる競技…フルマラソン」
「…戻るのね…長距離」
「…ちょうど中距離も調子上がりきって、タイムも安定してきたとこだ。そろそろ戻るのも良いんじゃないかなってね」
「…全力で応援するよ…ありがとう…そんなに考えてくれていて」
徹は、変わる。
ゆみを守るために、徹が変わる。
もう誰にも邪魔させない。
ゆみに何か言おうもんなら、黙らせてやる。
テレビで堂々と、名前売ってやるよ。
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