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承認欲求
隠さなければと考えた理由がくだらな過ぎて、少し自分の心を疑った。
徹に、男に、闇を抱えた子と思われたく無かった。
男にちやほやされるうち、いつからか周りの目を気にした。
だから多分、徹をそう言う相手と思えないのかもしれない。
徹を彼氏と言うのに、誇りが持てないと思ってしまったのかもしれない。
徹と離れてから、毎日、徹と遊んでいた日々を思い出した。
やっぱり楽しかった。
それはただの友達としてだったか、1人の男としてだったか。
もう分からなくなっていた。
ボヤっとした頭のまま、授業を受けていると、急に班分けがなんだかんだと前に張り出された。
なんでも、何かについて調べて、なんかどうにかなんとかしてその班で何かやるって言う────要はちゃんと聞いてなかった。
「お、よろしくね!」
目の前に座ったのは…所謂イケメンという男で…
こういう人と並んで歩いてたら、周りから見られて自分の価値も上がるのかなぁ。
自分の評価上げるためには、自分と一緒にいる人の見栄えが…。
気付いたらラインを交換して、いつのまにかたわいの無い会話が続き…よく分からないままご飯に行くことになった。
彼は大水 広大。学部が同じで、たまに目にすることはあったが、初めて話した。
なんてことないご飯のつもりだったが、向かいに座る彼を見ていると、なんだか少し、いいなと思ったのだ。
気付けば、惚れていたかもしれない。
ほぼ毎日のように電話し、たまにご飯に行って、彼のことを「こうちゃん」と呼べる関係になるまで、そう時間はかからなかった。
徹のことが頭をよぎらなかった訳ではない。
中途半端に続いて、最後はスパッと離れられたことを考えれば、私の方から別の相手を見つけて、お互い全く関係のなかった道を歩むのも良いとは思った。
だが建前。
結局、根本の中にいる私は、周りからの評価を気にして、徹とさよならをし、ルックスの良いこうちゃんを選びたかっただけのように、今は思える。
半ば盲目的に、こうちゃんとの愛を育んだ。
この関係が1ヶ月続くと、こうちゃんの方から、「付き合おうよ」と、告白された。
断る理由が見つからなかったし、この1ヶ月、やっぱり楽しかった。
そしてその夜、私のアパートで薄い膜を破った時、少々の苦痛に顔を歪めながらも、何もかもがイレギュラーなその行為に高揚した。
一人では少し寒くなって来た部屋は、二人の体温で暑いほどだった。
そして…私はその快感に溺れた。
気付けば徹のことなど、どうでもよくなっていた。
イライラするほどの強風に顔をしかめながら、大谷 純はトラックを疾走していた。
「風強すぎ。ぜーんぜんタイムでないや」
「いやぁでもラスト100純ちゃんに敵わねぇ…」
徹と大谷君が話している。
徹は中距離に転向してから、800mに備えるためにちょくちょく400mランナーの大谷君と練習を行っていた。
そこにユキナが割って入る。
「ほーら、二人とも無理したんだから、早くダウン行ってきなさーい」
「ユッキーナお母さんモードだ」
「かぁちゃん足攣ったーおんぶしてー」
3人がふざけて話している。
「…実は、彼氏が出来たんだ」
「…徹君?」
「違う」
そう言った時の、ユキナのなんとも言えない顔が忘れられない。
怒りとも、呆れとも、喜びにも、何にでも見えた。
あれ以降、ユキナが徹に頻繁に近づくのを見る。
それは前から変わらなかったか。
変わったのは私の方。
それを見て、なんとも言えない、良くない気持ちだったそれが、微塵も無くなっていた。
もう私の中でどうでもよくなったのかな。
今は、こうちゃんと過ごす、あの熱くて甘ったるい刺激的なそれが楽しくて仕方がない。
「ど?調子良い?」
ユキナの声でふと我に帰る。
「…あ…悪くない、よ」
瞬間、ユキナの目が軽蔑の目になったのを感じた。
「良かった。冬季入るまでにスピードつけとかないとね」
何も無かったかのように話すユキナ。
彼女は私に何を思う?
何か悪いことをした?
なんだか嫌な風が私を打つ。
部活が終わり、大谷君とユキナが一緒に歩いていた。
二人で、というのが滅多にない構図で、先ほどのそれとも重なり、何か嫌な雰囲気を感じた。
徹が私の後ろを歩いている。
あれ、そういえば今日は車じゃないんだ…。
「彼氏出来たって聞いたよ」
徹は追い抜きざま、表情も変えず、こちらも見ず、落ち着いたトーンで淡々と言った。
「良かったよ。幸せそうで」
「……あ、ありがとう」
「…僕は…しばらく無理そうだ」
そう言って、スタスタと歩いて行ってしまった。
「あ…あの、車は?どうしたの?」
徹は足を止めて、振り返った。
「エンジンが壊れた。しばらく乗れない」
「…そ、そう、なの…大変だね」
何か心がざわつく。
ずっと後ろで二人で話している大谷君とユキナも気がかりだ。
大谷君は、高校時代の徹を知る数少ない人物だ。
ユキナだって、徹に想いを寄せている。
この二人の組み合わせは、なぜか辛かった。
理由も分からなく胸が苦しい。
苦しい。
苦しい。
アパートに帰り、気付くと電話を手にしてこうちゃんに電話をかけていた。
呼ぶと30分以内には来てくれる。
「どうでも良いじゃん。周りからどう思われたってさ」
「そう…かな」
「周りになんて言われても、どう思われても、俺といる時は楽しませるよ。気にすんなよ」
「…ありがとう」
今日も私は夜に溺れる。
車でどこかに行く楽しさは、その夜の刺激を越えられなかった。
その行為が快感というのもあるが、見た目の良いこうちゃんと、というそれが、もはや自分の価値を上げてると思えた。
優越感に浸った。
ヴァージンを譲渡してから、熱い夜を過ごすことが、自尊心を保つこととなっていた。
「ゆみに彼氏出来たの、知ってる?」
「徹から聞いたよ。ユッキー、言ったんでしょ?徹に」
「うん。徹君、勘付いてたみたいだけどね。相手どんなのか知ってる?」
「建築の大水でしょ。イケメンだーって他学部でも名前聞くもん」
「あの人…信頼出来る?」
「話したこともないけどね、男として言わせてもらうと、あいつの目は信じれない。目の奥に性慾の色がチラチラ見えてる」
「1ヶ月で告白ってのもなんか引っかかるし。まず、その彼と所謂そういうのに溺れてるゆみが理解出来ない」
「はじめましてーだからだろ。だから刺激が忘れられないで、どハマりした。根本はそういう子なんじゃないの?平静を装いながら、心中はお股がゆるゆるのウェルカムウーマンってわけだ。高校生で卒業するもんだぞそういうの」
「そういう悲しい言い方しないでよ…。確かに、ゆみの徹君の気持ち理解した上であの行動は許せないけど…。気付かせてあげたいの、私は」
「無理だろ。どうせこの後も大水アパートに呼んでど突かれて喘ぐんだよ」
「…もしかして、ゆみのこと嫌い?」
「少なからず思い寄せてる相手の気持ち考えないで好き勝手ヤってる女は許せないんだ」
「そう…どうやったら、今の行動がおかしいって気付いてもらえるんだろ」
「今日部活中もずっとホケてただろ。ありゃ重症だって。自分でしか気付けないし、気付いた時には、何かしら失ってる。もう手遅れだ。」
「…私は…放っておいたら後悔する気がする」
「一つ…可能性があるとするなら…徹が死ねば良い」
「は!?」
「徹が死んだら、気付くんじゃないかな。…自分から過去繰り返すってことだ」
「え…?過去?過去って何よ」
「徹と仲良くなって、話してもらえよ。俺から言えることじゃない」
徹から〝あのこと〟を聞いた時は、鳥肌が立つとともに、涙が出た。
だからこそ。それを知っているからこそ、いくら徹から離れたとはいえ、容姿が良いそれとそれをしてそれを満たしてるゆみに心底腹が立った。
無難に誰かと付き合って、無難に失恋して、徹の存在のありがたさを知って、その頃には徹も落ち着いて、やっぱり徹だ、ゆみだって、互いに思って。
二人が結ばれるものだと思っていた。
徹は、あれから自分を磨こうと励んでいた。
だがゆみは、それを持つことをせず、手頃で汚れた道を選んだ。
今徹は、何食わぬ顔で毎日走っている。
辛い過去を隠しながら、ゆみに裏切られた心すらも隠して、走る。
だが、俺は全て知っている。
ゆみに彼氏が出来たと聞いたあと、俺を呼び出して、俺の前で思いっきり泣いたこと。
高校からお互い知っていて、学部が同じで、大学初期の初期から仲が良かった俺にだけ話してくれた胸の内の思い。
「耐えられないよ、やっぱり。離れたのは自分だけど…また磨き直して魅せてやるって思って死ぬ気で練習してんだ!!でも彼女は待ってくれなかった…。それがただの男だったら良い。あんな軽そうな男とだぞ!?どういう感性してんだ!!!あれで夜に溺れて!!俺はなんであの子に惚れたんだ!!」
怒り狂う徹を、宥めようにも、言葉が出てこなかった。
「彼女との約束…何も果たせてない。結局彼女を幸せにするってそれも自分から逃して、最後は裏切られた…。死んだアイツにどんな顔すりゃいい!?…消えたいよ…。大水に溺れる彼女を考えるたび死にたくなる!!でも死んでどうだ?彼女に合わせる顔がない…。同時に車も壊れた!!生きがいなんもなくなったんだよ!!どうすりゃいいんだ僕は!!!」
全て俺の前で吐き出した徹は、呼吸が乱れていた。
「ゆみにどうして欲しいんだ?徹は」
「…それも分からない…。何も、どうしていいか、どうして欲しいのか、なんも考えられないんだよ」
「徹…こっち見ろ」
俺は徹を思いっきりぶん殴った。
「…分からねぇなら死ねば良い。彼女がなんだ?死ねば全て終わる。彼女もそれを選んだから死んだんだろ?同じことして責める資格なんて彼女にはねぇだろ。逝けよ。地獄逝ってゆみなんて全部忘れて暮らせばいい。俺はそれを止めないし、花向けてはやるよ。死んだらゆみも気付くだろ。遺書残して、怨みでもツラツラ書いときゃ、一瞬か一生か、後悔させることが出来る」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を、更にぐしゃぐしゃにして、徹は吐くように泣いた。
というより、叫んでいた。
「少しでも…この世に未練があんなら生きろ。ゆみをどうしたい?切りたいか?取り戻したいか?」
「…と、取り戻したい」
「だったら生きろ。今は彼女が気付くのを待つことしか出来ない。きっと、彼女のことだ。いつか気付く。でも…きっと気付いた時に、彼女は何かを失ってるだろう。それを助けてやれ。許してやれ。そして、あの腐りきった性根を正してやれよ!!メソメソすんな男だろうが!!!」
殴られた傷の痛みより、その言葉のえぐった傷が痛かった。
言い放った俺も、涙が溢れてきていた。
その涙の理由は、明確だった。
それが徹に知られてはならないものというのもまた、明確だった。
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