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忘れていた過去
こうちゃんとのカップリング。
結局、自分の評価を上げるために容姿を選んだのは、返って印象を下げることだった。
こうちゃんの良からぬ噂は、校内でチラホラ上がっていた。
そんなことは、知らなかった。
知る前に交際が始まっていた。
その瞬間、こうちゃんと付き合っている理由が、イマイチよく分からなくなっていた。
周りからの評価ばかり意識して、本質を見失い、結果して印象を下げる行動をしていたという自分に気付いてしまったからだ。
でも、ここで彼を捨てたら、本当に私はクズだ。
だから愛し続けることを選んだ。
特に愛す意味が見出せない彼を愛そうと努力した。
考えれば考えるほど…迂闊に始めた恋愛は、続ける意味が分からなくなってしまった。
年末、最後の大会ということで、駅伝に参加しようとなり、地元付近で開催される、みなとみらい駅伝に参加が決まった。
この時ばかりは徹も長距離にシフトせざるを得ない。
全4区間、周回コースで、1人5.8キロ。
ほぼ平坦なコースで、場所が場所だけに応援も多い。
半ばお祭り的な感覚で、遊びのレースをすることになった。
大学の部のエントリーリストの大学名を眺めていた徹は、上から6番目にあった名前、横浜薬科大学に目を止めた。
「いるんだ…横薬…」
「どしたんすか?知り合いでもいる感じすか?」
「…あぁ。絶対に会いたくない知り合いが」
ビクビクしながらも、走り出すまではその〝知り合い〟に会うことなく、全員がゴールした後も姿を現さなかったから、きっと陸上部にはいないか、今日は来ていないのだとホッとした。
さて帰ろうと、カバンを手にした瞬間、肩に手が置かれた。
「…ひ〜さし〜ぶりっ!」
「…浦田…」
高校時代のマネージャー、浦田 夏実。
彼女を自殺に追い込んだ主犯格だ。
横薬大に行ったことは知っていた。
でもやはり、嫌な予感は的中し、まだ陸上部として活動していたか…。
「…何の用だよ。帰るんだけど」
「冷た!せっかく久しぶりに会うんだから、ちょっと話そうよ〜」
「眠い。帰って寝る」
若干の間。
「……彼女が自殺した本当の理由、知りたくないの…?」
────…っ。
船が見える、THE・横浜な公園で、浦田は口を開いた。
「きっと、イジメられたくらいで死ぬ子じゃないって、思ってるでしょ?」
「…図星だ」
「そのとーり。まぁ、これ、見てごらん」
浦田が見せてきたのは…
彼女と、誰か男が一緒に歩き、イチャついている動画だった。
「……僕じゃない。…誰だこれ」
「あなたの知っている人だよ」
高い背。
筋肉質な体。
…っ。
「…っ純ちゃん!?」
「ぴんぽーん。浮気してたんだ。彼ら」
「……それがどうして死に繋がる!?」
「私が脅したんだよ。このビデオ見せて。死ぬなら徹にこのことは隠してあげるーって」
「…っ隠してねぇじゃねぇか!!」
「死んだんだから無関係。いつか話そうと思ってたよ」
「どうして死を選ばせた!!素直に忠告すれば済む話じゃ…」
「彼女のクズさを知っちゃったんだもん。そんな人があなたの彼女ってやだなーってね」
「っ────」
たしかに、ごもっとも。
まさか二股かけられてたなんてな。
それも当時から知っていた純ちゃんと…。
……────純ちゃんに会おう。
そう思い立ち、黙って僕は横浜を飛び出した。
俺が、自分の彼女が徹と付き合っていることを知ったのは、彼女が死んでからだった。
その日まで、彼女は徹について何も言わなかった。まさか彼女が徹の彼女本人だとは、思いもしなかった。
彼女の死後、周りの人間から徹の彼女が死んだと聞き、頭がこんがらがった。
だが何も言わず、二股をかけてたんだと、黙って理解した。
徹との共通の知り合いで、徹の高校のマネージャーがいた。
そうだ、浦田から彼女を紹介されたんだ。
余計に意味が分からなかった。
浦田に連絡を取っても、死因も、浮気してたことも、全然知らなかったの一点張りだった。
俺はショックで、それ以上詮索する気力は持ち合わせていなかった。
初めは徹を恨んだが、周りの人間の話を聞くうちに、徹と付き合ってから自分のもとに来たことを知った。
浮気相手は、俺の方だ。
この事実は…徹には隠した。
徹は彼女を信頼し、生きている。
その邪魔をしてはならない気がした。
この前徹に叫んだことは、これを知りながらだった。
だんだんと表れてくる罪悪感。
いつか伝えなければと思った瞬間、ラインが鳴った。
『純ちゃん。話がある』
…気付いたかな。
徹は怒り狂って俺を問いただした。
「なんで浮気なんかした!!!知ってやったのか!!!」
「…違うんだ。俺も彼女が死んでから徹と付き合ってたことを知ったんだよ…。そもそも彼女を紹介したのは浦田だった…」
「…っっ。どうして言わなかった…」
「徹の想いに水を差すわけにはいかなかった…。ごめん」
「…彼女が死んだ理由、知ってるか?」
「浦田には、知らないって言われたけど…」
「…っ!!」
僕は、純ちゃんに真実を告げた。
「…浦田が…」
「確かにな、唆されたとして、付き合ってしまったのは彼女のクズさだ。そこは許せない。だから、僕は遺言はもう守らない。浦田を恨まないなんて無理だ!!」
「どうする?好き勝手やられて、放っておくのか?」
「…ぐしゃぐしゃにしてやりたいよ」
「…どうやって?」
大谷が問うのと同時に、徹の携帯に通知が来た。
『…びっくりさせたのはごめん。色々おはなししたいことがあるの』
「浦田だ…」
一つ、思いついてしまった。
この心の底から湧き上がってくる殺意とも似た何かを抑えるには、十分に思えた。
「会うのか…?」
「会う。色々、〝おはなし〟を聞いてくるよ」
大谷は、徹の背中を大きな手のひらで押した。
「俺の分も…委ねた。俺は…ゆみがなんとかなってくれるように、頑張ってみるよ」
「ありがとう。まぁ…非道徳にはなるけど…人の心殺してやってくるよ」
浦田への復讐を決めた徹の目は、まるでレース中のごとくギラついた狂犬のようになっていた。
『僕も知りたいことがたくさんある。今度会おうか』
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