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ねじ曲げられた過去
駅伝で再開した数日後、私は横浜駅に呼び出された。
「…こうしてわざわざ会うのは初めてだな」
「側から見たらデートだね」
「やかましいわ。それで、話したいことってなんだ」
「分かってるでしょ?取り敢えず、お昼でも食べながら話すよ」
この女とわざわざお洒落な昼飯を食べるのが嫌で仕方なかったが、彼女のことを知るため、やむを得ない。
人の少ないカフェに連れて行かれ、胸糞悪いサンドウィッチを頼んで、薄っぺらいコーヒーを一口すすった浦田は、ようやく口を開いた。
「大谷君とは話したの?」
「あぁ、全て話して、向こうもこっちも初めて知ることだらけでな。なんだ?唆したのはお前だったのか」
どう考えても異様な空気を発している僕らに気付き、周りがこちらを気にしないようにしている態度があからさまに分かった。
「…そうだよ。まずそこから話そうか」
────徹が高校2年生の冬。
「ねぇ徹君、1500って、どうやって走ってる?」
「えぇ?んー、まぁ、突っ込んで、粘る」
「ざ、ざっくりだなぁ…」
「そんなもんだ。僕の走り方なんて。多分、参考にはならない」
2人で遊びにきたショッピングモールで、会話に詰まった私は、何となく頭に浮かんだ話題を話した。
何というか、最近少し冷たいような気がしてしまう。
苦手ではあったけど、数少ない女子部員の友達として、マネさんに相談をしてみることにした。
「────もしかしたら、もう飽きられたんじゃないかなって…」
「んー、ちょっと、一個だけいい提案がある!」
…ここからだ。
相談をきっかけに、全てが狂った────
「私は、徹に気を引かせるために、他校で、私も知ってて、徹も顔は知ってた純ちゃんと偽りの浮気をしてみたら?と提案した」
「それで僕が怒るか知りたかった、と」
「そ!でも…それがうまく行かなかった」
「…と言うと?」
────「この子。うちの部活の子なんだけどね」
そこまで深かったわけではないが、知り合いであった浦田に、紹介したい女の子がいると言われ、期待せずに行った先にいたのは、想像を超える美人だった。
浦田は「この子が彼氏作りたがってて、もしよかったら紹介したくて」と言った。
どこか気まずそうにしている彼女を、純粋に可愛いと思った。
同時に、何かを隠している目だ、と感じた。
当時彼女がいなかったから、俺は彼女と交際することにした────
「初めはね、そう言う嫉妬が目的だったの。でも彼女は、大谷君に本気で恋愛感情を抱いてしまった」
「…」
「辛いだろうけど…これが真実。きっかけ作っちゃったのは謝るよ。ごめんね」
「…僕はまだ、お前の言葉を100%信じられない」
徹は、何か引っかかっていた。
彼女がもともと〝偽りの交際〟をする気だったのなら、純ちゃんも何か聞かされているんじゃないのか?
でも、純ちゃんはハナから本気で恋愛をしていた。
彼女の口から、その話はされていない。
まず、浦田からその説明をして純ちゃんに協力してもらう、と言う話なら分かる。
だが純ちゃんがそれを知らなかったと言うことは、浦田は単純に女の子を紹介したいと言って純ちゃんと彼女を会わせたと言うことだろう。
なにか、当時の彼女の様子が何となく予想出来た。
本当に、彼女は純ちゃんを好きになって交際を始めたのか?
それを疑問に思い始めたら、究極の問いが現れる。
彼女が自殺したのは、〝本当の浮気〟の脅しが理由なのか?
簡単に片付けてはいけないことだと気付くと同時に、確かに諸々がめんどくさくなり、彼女に冷たくしていた自分を思い出し、反省した。
僕は自分の分のお金を机に置くと席を立った。
「悪いけど…もう帰る」
「…その恨んだ、人を殺すような目…嫌いじゃないよ私」
「ほとんど察したよ。僕はまだ彼女を信じているかもしれない」
「…仮にその察したことが事実でも、浮気を選んだのは彼女ってことは変わらないよ」
「だとしてもだ。お前と話すだけ、気分が悪くなる。事実が明確になるまでは彼女を信じてみる」
「…浮気した女をどうしてそこまで信じれるの!!??」
「その浮気を疑ってるって言ってんだ!!!」
僕は店を飛び出した。
────翌日。
良くない心持ちのまま、部活に出向いた。
今日で部活納めである。
ゆみの姿はない、が、〝今は〟何も思わなかった。
また男に溺れているのかもしれないし、実家に早めに帰っているだけかもしれない。
純ちゃんも、家に客が来るだかなんだかで、休みだそうだ。
帰り、珍しくユキナと2人きりになった。
「…なんか変な感じー」
「なんか期待してるの?」
「んんん…ご飯行こご飯!!」
「…そう来ると思ったよ」
ファミレスに入る。
なんとなく、何が話されるのかは予想していたが、ユキナは思わぬ方向からぶっ込んで来た。
「徹君って、なんかすごい過去があるの?純ちゃんから聞いたけど」
どストレート過ぎる質問に、思わず吹き出してしまった。
「すごい過去ってなんだ…純ちゃんからなんか聞いたのか?」
笑いながら問うと、ユキナは少し気まずそうに「うん…過去をなんとかかんとかって…でも良くわからなくて。詳しくは本人から聞けって言われたんだ」と言った。
「…まぁ…あまり話したいことではないんだけどさ…他の誰にも言うなよ」
僕は、高校で彼女がいたこと。
その彼女が同期のいじめと脅しによって自殺したこと。
その彼女が純ちゃんと浮気していたことが最近分かったこと。
でも、その浮気の理由とか、その脅しの主犯格の言い分に対して、何か引っかかっていることを話した。
「…そうなん、だ…」
「最近になってさ、またどんどん話が展開してきてね。正直滅入ってるよ」
「…徹君がゆみと進まなかったのもそう言う理由?」
「いや、一番は自分で課したハードルを越せなかったのが理由。でも心のどっかではそれもあったのかもね」
「…そう。今のゆみ見てどう思う?」
「離れただけで、嫌いにはなっていないからね。辛いよ。あんなに汚れて欲しくない」
「その浮気で、またゆみと戻りたいってなった?」
「なったよ。でも今のゆみに何も言いたくないってのもあるし、何より、その浮気についてまだ知らなきゃいけないことがある。だから今は、ゆみのこと考えていられないかな」
「そうなんだ…大変だね…」
ふと、ユキナが徹の首元に視線を落とした。
「そのネックレス…いつもつけてるよね」
「ん?あ、これ?…彼女がくれたんだよ。死ぬ寸前にね」
「死ぬ寸前?」
「多分これくれた時には決心付いてたんじゃないかな、彼女の中で」
カプセル状になったネックレス。
ギリギリまで小さく丸められた紙が中に入っている。
そこには思い出の場所、と保土ヶ谷公園の名前が書いてある。
────これをもらった時、彼女はこう言った。
『ふとさ、いつ離れ離れになったりするか分からないって思ったの。もし、お互い何もかも忘れちゃった時、これを見て、そこに行けば、何か思い出せるかもなって』
彼女は震える声でそう言った。
彼女は続ける。
『もし私が浮気したらどうする?』
『そんなことしないって分かってるけど。もししたんなら、きっと何かあったって周りを疑うかもね。自分を責めることもするかもしれない』
『…信じてくれてるんだね。きっと…私が浮気するとしたら…それには何かしら、とんでもない裏事情があるんだと思う』
…今の状況と照らし合わせてみても、このネックレスをもらった時期を考えても、この言葉が、ただ彼女が言った言葉とは思えなかった。
何かを暗示しているとしか思えなかった。
何か分かるかもしれないと思い、ユキナと別れてから、ひさびさに保土ヶ谷公園へ足を運んだ。
「色々遺してくれたもんだな。何もかも忘れるって?随分と刺激的なこと遺してよく言ったぜまったく」
徹は久し振りに、カプセルを開けた。
「もう紙ボロボロになってきたな。なぁ…お前は何をして来た?僕に何を隠して来たんだよ。一人で悩む必要なんてなかったろ?」
誰もいない公園で、徹は一人つぶやいた。
────っ。
カプセルから、何かが落ちた。
「…は?」
紙の、更に奥に、もう一つ、仕込まれているものがあったのだ────
「────これ、マイクロSD…?」
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