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西暦20XX年のある日
「――おや。今日は一人かい?」
蹴ったボールを追いかけていた朔夜は、声を掛けられて足を止めた。同時にボールも足を掛けてストップさせる。
声のほうへ顔を振り向けると、そこにはいつもの定位置に座っている老婆がいた。
「こんにちは、幽々子おばあさん」
「こんにちは。朔夜君、だったかな」
「うん」
言いながら、朔夜はボールを拾って小走りに老婆に駆け寄った。
彼女――杉本幽々子は、いわゆるホームレスだった。
家はなく、従って風呂にも毎日は入れていないだろう。一昔前なら臭いがどうとか言われていただろうが、今の世の中、庶民は屋根の下に住んでいるかそうでないかの違いだけだ。
朔夜も似たようなモノだった。もう何日も同じ上下を身に着けている。
かつて『公園』と呼ばれていた、様々な種類の遊具が設えられていた場所――その中にあるベンチに、彼女は腰掛けていた。
「昨日は、二人でいたでしょう。ほら、拓夢君って言ったっけ」
「うん」
朔夜は少し目線を伏せた。
「あのね」
「ん?」
「拓夢……死んじゃったんだ」
「おや。どうして?」
「昨日の夜、急にお腹が痛いって苦しみだして……朝にはもう動かなくなってた」
「まあ……」
幽々子は言葉を失ったのだろう。ただ痛ましげに眉尻を下げ、少し躊躇ったような仕草のあと、ボールを持つ朔夜の手の甲にそっと触れた。
「……施設の人が、言ってた。昔だったら助かったのにって」
「昔?」
「ねぇ、幽々子おばあさん。昔だったら、なんで助かったの? お医者さんが、タダで診てくれてたの?」
幽々子はしばらく朔夜の手の甲を優しく撫でていた。が、やがて、「朔夜君」と口を開く。
「お座り」
言うと幽々子は朔夜を導くように、手の甲を撫でていたその手で朔夜の手を引いた。
朔夜は小さく頷いて、彼女の隣に腰を下ろす。
「朔夜君くらいの子には信じられない話かも知れないけどねぇ。昔はみぃんな、普通の生活をしていたものさ」
「普通って?」
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