返信

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『夫はね、息子たちには小刀くらいは扱える男になってほしいだなんて言っていて。わたしは危ないからまだ早いって注意していたのに。怪我をしながら危険を覚えていくんだって言い張って……鉛筆の削り方を教えていたのよ。だから上の息子は小学校に小刀で削った鉛筆を持って行っているはずよ』  彼女はもうひとつため息をつくと、書き物テーブルとしてはあまり具合の良くない、テレビゲーム台に肘をついて便箋に向き合った。  さらさらと。よどみなく鉛筆が走る。  彼女はここに来るまでに、夫への返信に何と書こうかと頭の中で繰り返し推敲してきたのだろう。  小学校の方から『愛の鐘』が聞こえてきた。  そういえば、今日は小学校も中学校も祝日にあった学習発表会の代休だ。  数人の生徒たちが歩いているが、彼らは部活に違いない。  今日は空気が澄んでいる。  鐘の音がいつもより長く響く。 「奥さん……」  私が振り返ると、そこには鉛筆だけが残されていた。  この文房具屋以外にも、手紙を書ける場所があっても不思議では無い。  亡きものたちの魂は肉体を離れた後、生と死の狭間の世界でさまよう。  彼らの後悔と懺悔と、伝えられなかった大切な言葉を繋ぐ手紙。  彼女が夫と再び逢える事はあるのだろうか。  がらっと入り口が勢いよく開いて私の妄想はかき消された。  部活帰りの中学生がドタドタと集まってくる。 「こんにちはーーっ。ジュースくださいっ」 「あたしはアイスクリンにするーーっ」 「買い食いさせないでくださいって中学校の教務の先生に注意されたばかりなんだけどなあ」 「今日は休校日だから教務の先生、来てないって」  子供たちから代金を受け取った後、私はテレビゲーム台の上に残っていた鉛筆を手にした。  違和感を感じた。  芯の先端がほどよく尖りなめらかに整えられている。  私の切れ味の悪い小刀ではこうも美しく削るのは不可能だ。  なめらかな鉛筆の先端に指を沿わせながら、最後の鐘が鳴り終わるのを聞いていた。  
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