手紙

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手紙

私の文房具屋には不思議な客が来る。 ランドセルを背負った子供たちが、習字の半紙や消ゴムを学校帰りに買いに立ち寄る。 狭い店内は子供たちの気配で一瞬で勢いを取り戻す。 その喧騒に紛れて、ふらりと現れる客たち。男もいるし、幼い子供を連れた母親も…年齢も立場も様々な人々が、毎日 申し合わせたように一組だけ姿を見せるのだ。 『バラ売りの便箋と封筒を一枚ずつください』 彼らは必ず同じ物を所望する。 便箋は一枚15円。封筒は20円。 「切手はどうされますか」 私の問いもいつもと同じ。彼らはついでに必ず82円切手も買う。 「消費税が上がったら切手も値上がりするらしいですねえ」 そんな雑談に彼らが何と返事をしたのか。 不思議なことに会話の記憶が無いのだった。 『鉛筆と消ゴムを貸してください』 私は、カウンターの筆差しから昔大人気だったロボットアニメのイラスト入りの、お尻に消ゴムがくっついた鉛筆を渡す。 彼らは決まって、店の隅に昔からある壊れたテレビゲーム台をテーブルにして手紙を書きはじめるのだった。 好奇心がうずく。彼らが何故、こんな古い文房具屋に来て、手紙を書くのか。覗いてみたいという気持ちを押さえるのは難儀なことだ。 小学校の方向から『愛の鐘』というチャイムが鳴ると五時。私はその音を合図に子供たちを家路に帰す。 そして、振り返ったときには、テレビゲーム台には鉛筆が一本残され、人の姿は消えている。手紙は書き上がったのだろうか…そんな思いが頭をかすめ、そしてまた、今日の客の顔形すら覚えていないのだった。 私は物事を深く考えるたちではない。 だからこそ、あの、不思議な客がこの店を選んでくれているのではないか。 それならば、詮索するまい。 安物の便箋と封筒。 鉛筆で書かれた文言、宛名。 どれをとってしても、なにか大切な事が秘密めいて記されているとは想像できない。 彼らがどこから来て、どこに帰っていくのか。 それも、私には関わりのあるはずの無いことだった。 そんなある日の事だ。 昼間から降りだした雨は勢いを増し、ついには避難勧告が出た。子供たちは親が迎えに来て集団下校していく。 その列を見送りながら、私は店のシャッターを下ろそうとしていた。 『すみません。この文房具屋で便箋と封筒をバラ売りしてくれると聞いたのですが』 会社員風のスーツを着た若い女だった。 肩に降りかかった雨粒をハンカチで拭う手つきが、育ちのよさを感じさせた。
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