読まずに食べて

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第一研究棟と第二研究棟、二つの校舎の間にひっそりと設けられた中庭。そこが、私と八木(やぎ)くんの待ち合わせ場所だった。 午前の講義が終わり、私が中庭に向かうと、八木くんはすでに到着していて、中庭に設置されたベンチとテーブルを陣取っていた。 「やっほー、八木くん。早いね」 軽いノリで挨拶をして、私は、八木くんとテーブルを挟んで向かいのベンチに座った。 八木くんは、 「講義、思ったよりも早く終わったから」 と言って、リュックの中を漁ると、プリントの束を取り出した。 「これ、菊池(きくち)さんが休んだ時の」 「おっ!ありがとーう。めっちゃ助かる」 八木くんは大学に入ってからできた友人だ。取ってる講義が結構被っているので、講義を休んだとき、私の分の資料を取っておいてもらっているのだ。ちょっと変わった嗜好を持っているが、性格に難はないので問題ない。交友関係が狭い私にとって、八木くんの存在はありがたかった。 「この青枠で囲んであるコラム、試験に出るって教授が言ってた」 「まじか」 八木くんは比較的まじめに聴講する学生なので、教授がさりげなく話す試験の情報も、ちゃんと拾っている。私が単位を落とさないのは、八割方八木くんのおかげであった。 私にプリントを渡すという大役を終えた八木くんは、昼食の惣菜パンをリュックから取り出した。私も、登校前にコンビニで買ってきたサラダとうどんをテーブルの上に広げた。 「それ、駅前のパン屋のたまごパン?」 サラダが入ったプラスチック容器を開けながら尋ねると、八木くんは「うん」と頷いて、リュックの中からパチンコ屋の広告を取り出した。 赤のゴシック体で『新台入荷‼︎』と大きく書かれたツルツルとした手触りの紙を、八木くんは一口大に千切って、パンの上にのせ始めた。コッペパンに、ゆで卵とマヨネーズを和えたサラダが挟まったたまごパン。パンのきつね色と、たまごサラダのクリーム色が、美しく調和するたまごパンに、八木くんは丁寧な手つきで、紙片をトッピングしていく。 パチンコの広告は裏面が白いから、よく計算用紙に使ったな。 そんなことを考えながら、私は、紙くずまみれになっていくコッペパンを呑気に眺めていた。 たまごサラダのクリーム色が見えなくなるほど紙片をまぶすと、八木くんは、 「いただきます」 と手を合わせて紙だらけのパンにかぶりついた。 「それ、美味しい?」 私が問いかけると、八木くんは口の中のものをテンポよく咀嚼し、飲みくだした。 「この広告は、ほんのり塩味があるから、たまごパンにはよく合うよ」 パチンコの広告には、ほんのり塩味があるらしい。私は「ふーん」と気の無い返事をすると、ごまドレッシングのかかったレタスを、割り箸でつまみ上げた。 八木くんは、いわゆる『異食症』である。 紙や土、氷、毛など、食べ物でないものを無性に食べたがる症状で、ストレスや病気、寄生虫感染などが起因となって発症するらしい。が、八木くんの場合は少し毛色が違う。 彼の身体は、紙を消化できるのだ。 普通の人間は、紙の主成分であるセルロースを消化することができない。セルロースを分解する酵素を持っていないからだ。摂取したとしても消化されず、ほとんどそのまま排出される。下手をするとお腹を壊す。 しかし、物心ついた時から紙を食べている八木くんは、紙を食べてお腹を壊したことも、拒絶反応で嘔吐したこともないらしい。病院で検査したこともあるらしいが、特に異常は見つからなかったそうだ。 「まあ、世の中いろんな人がいるし、紙ぐらい消化できても別に不思議じゃないよね」 と検査結果を見て開き直った八木くんは、今日もこうして美味しそうに紙を食べている。
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