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モノラル
◆◆◆この物語は主人公ダリルとジョゼフが出逢い、苦楽をともにした学生時代の尊い日々のエピソードです◆◆◆
※登場人物の名前を以下のように変更しました。
理事長の息子→エドワード・ギールグッド
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1.
近代的なビルなどの建造物と古き時代を感じさせる城や石造りや煉瓦の家。泥棒除けのまがりくねった道が今もあちこちに残っている。それらが共存し、新しいものと古きものが見事に調和したこの街は、絵に描いたような景観だ。カフェや洋服店と並んで昔ながらの骨董品屋などもある。交通の便もよく活気に満ちていて、とても住みやすい街だった。
18歳の少年ダリル・アボットは、今月からそんな街での生活を始めることになった。田舎育ちの彼にとってここは新鮮そのものだった。
彼が住むアパートは町外れにあった。安いアパートのため薄汚く、キッチン
も付いていなかった。だからと言って彼はそのことにそれほど不満を感じてはいなかった。なぜなら彼は、華やかな暮らしに憧れてこの街に来たわけではなく
――ここは寝るための場所
――目的は大学に行くこと
その条件さえ満たしていれば良かったのだ。
雨だ……
バイトの面接の帰りのことである。道路を歩いていた彼の顔に、一粒二粒と滴が落ちてきた。それが手にも当たり、すぐに雨だと気付く。この土地ではよくあることだった。気まぐれに雨が降る。彼は駐車場に停めてあった自分の原付バイクにキーを差し込み、エンジンをかけた。それに跨り路上に出ると、颯爽と駆け抜けて行った。
彼の新居となったのはアパートの二階だった。帰宅するとすぐにラジカセの再生ボタンを押す。十年以上も愛用しているそのラジカセは故障もせずよく働いてくれている。意外にパワフルな低音は、なかなかのものだ。といっても彼が聴く音楽はインストゥルメンタルが主流で、ベースやエレキギターなどの重低音を利かせたハードロックなどの騒々しい曲は聞かなかった。だからと言ってトップチャートに並ぶようなインパクトの強い曲の良さが理解できないわけではない。ただシンプルなモノラルで聴く音楽が心地よかったのだ。彼はそれが好きだった。 レコード版をCD化された物をたまにレンタルショップで借りて聴いていたが、出来れば本物のレコードの音源で聴きたいぐらいだった。
今年から彼はこの街の大学に通うことになった。そこは有名な医科大学で、エリートや医者の子供などが多数在籍している。彼がそこを選んだのはある強い意志からだった。それは彼がまだ幼ない頃に遡る。その当時共に暮らしていた祖父が発作を起こして倒れた時のことだった。
その地域には医療施設やその他の公共施設が整っておらず、家族が祖父を病院まで運んだ。到着した時祖父はまだ息をしており、すぐに処置を施せば助かる可能性はあった。しかし……
「担当医が不在なので他へ行って下さい」
それが受け付けの事務員の言葉だった。仕方なく、その病院から一番近くにある病院へと向かったが、着いた時既に祖父は昏睡状態に陥っていた。
――それから一時間後
祖父は帰らぬ人となった……
ダリルは悔しかった。病院を憎み、あの事務員を憎み、そして住んでいた ――あの村を憎んだ。
今なら分かる。
あの時応急処置をしていたら、祖父は死には至らなかったと……しかし、時間は元に戻せない。この時ダリルは思った。
せめて同じ悲劇が起きぬよう、自分は『救える医者(ひと)』になろうと。
この地域に設備の整った医療施設を作り……
その為には、十分な知識と経験を養わなければならない――そう心に決めた彼は必死に勉強した。同年代の人間が過ごした青春の時も惜しむことなく勉強に費やし、同時に新聞配達をして入学資金を貯めて行き
そして、夢は半分現実となり、この大学に入学したのである。
そうしてスタートした学校生活ではあったが、学業意外で面倒なことが発生した。学校生活は彼が思い描いてたものとほぼ同じだったものの、いきなりやって来る合コンの誘いにはうんざりしてしまう。目がくりっとした顔立ちがキュートに見え、一見好感の持てる彼だったが、中身は淡白でどこか冷めた感じの少年だ。そのためか、そんな軽い誘いには乗り気にはなれなかった。誘ってくる生徒やはしゃぐ生徒たちを見て、気楽で良いなといつもどこか冷めた目で見ていた。
そんな時だった。また同じような誘いを断ったあとである。ふと一人の男子生徒に目が止まった。意識と視線がそこに吸い込まれる。
生徒達が教室内でそれぞれに戯れている中、その生徒は一人静かに頬杖を突いて座っていた。横顔のラインはまるで寸分の狂いも無い精巧に作られたオブジェのようだ。窓に差し込む柔らかな日差しを反射する髪はココアのような風合いで、見事にその横顔と調和している。長めの前髪が少し妨げになっているが、目に掛かる部分から覗く瞳が逆に程よい色気のようなものを感じさせた。
「綺麗だろ? “ジョゼ”」
「!?」
突然話しかけられ、びっくりして振り向くと、横に眼鏡をかけた小柄な男子生徒がいた。地味な銀色のフレームの眼鏡の奥に、淫猥な笑みを浮かべている。
「ジョゼ?」
「そう、あの頬杖を突いてる奴。あいつは成績優秀で、この大学にも推薦で入ったんだ――理事長のパパも気に入ってる」
「あの、君は……?」
「僕は、エドワード・ギールグッド。この大学の理事長の息子だよ」
そう言うとすぐにその男子生徒はどこかへいなくなった。
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