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5.
ジョゼフの住むアパートに着くと無我夢中で階段を駆け上がり、ジョゼフの部屋のチャイムを鳴らした。
「……」
しかしドアの向こうは静まり返り、反応がない。苛ついてダリルがドアノブを捻り引っ張ると――ドアが開いた。
「……ジョゼ!?」
彼はすぐさま部屋に駆け込んだ。
「ジョゼ!?」
室内を見渡すが、ジョゼフの姿は見当たらない。
「どこだよ……ジョゼ?」
泣きたくなるが、一旦呼吸を整えて考えを巡らす。そいてシャワールームへ行き、ドアを開けた。
「ジョゼ!?」
するとそこに、ぐったりとして壁に横たわるジョゼフの姿があった。大量の血が流れ、床に広がっている。
「ジョゼ――!?」
呼び掛けるとジョゼフは少しだけ瞼を開けた。
「ダリル……来てくれたんだ?……」
細くかすれたような声で彼はそう言い、最後の力を振り絞るように弱々しく微笑んだ。
「何で、こんな……」
ダリルの身体が震え出す。眼はギンギンに開かれていた。ジョゼフの両手首はリストカットされ、いくつものためらい傷と深い傷とがあり、その傷、血液を見ると気が狂いそうだった。それが覚めない悪夢であり、現実ということから回避したくなるが、そんなことができるわけもない。血だらけになりながらジョゼフを抱き締める。
「ダリル……」
ジョゼフはそう言うと脱力し、意識を失った。
「ジョゼ――――!?」
病院に運ばれ、ジョゼフはなんとか一命を取り留めた……
「命に別条はありませんが、安静が必要です」
医師にそう告げられダリルは少し安心したが、極度の精神的な疲れを感じ、精神安定剤をもらった。しかし、それも全く効果は得られず、ジョゼフのことが心配で堪らなかった。
「ジョゼ……」
病室のベッドで静かに瞼を閉じているジョゼフの姿は弱々しく、今にも死んでしまいそうで怖かった。
「……」
死んだりしないよな?
血は足りてるよな?
医者が大丈夫って言ったんだから
大丈夫だよな?
ダリルは心の中で自分にそう言い聞かせるしかなかった。ジョゼフが目を覚ますまで彼の側から離れたくなかったが、『安心して学校へ行ってください』という医師の説得で仕方なくダリルは病室を後にした。
その日の授業はこれまでにないほど一分一秒がとても長く感じられた。教授の話も口の動きが見えるだけで何を言っているのか分からない。まるで上の空だった。周りの学生達は映像で、自分はそれらをテレビ画面から見ている視聴者のような感覚だ。
やがて長かった授業を終えるとダリルは、ジョゼフが入院している病院へ直行した。
病室までやって来てドアを開けたダリルは唖然とした。ジョゼフの姿がベッドから消えていたのだ。シーツを変えていたナースがこちらを振り向き、声をかける。
「あの、この病室にいた患者は……?」
「ああ、あの患者さんなら相部屋に移動しましたよ――203号室です」
ダリルは、すぐにその部屋へ向かった。中に入るとパジャマを来た中年男性が、患者同志で他愛もない会話をしていた。その奥に窓側に顔を向け、ベッドで寝ているジョゼフらしき人の頭が見えた。
「ジョゼ?」
声を掛けると振り向いたのはやはりジョゼフだった。
「ダリル?」
彼はまだ顔色が良くなかったが、確かに
――生きている。
動くジョゼフの姿を見ることは、気休めの精神安定剤なんかよりも確実にダリルを安心さてくれた。
「傷、痛むか?」
「うん。でも、動かさなければ平気」
明るい笑顔が返ってくる。一時はもう、二度と見れないかもしれないと思った人懐こい、その笑顔が目の前でまた見れた。
「そうか……」
だが彼の両手首に巻かれた包帯が、痛々しい。
傷はどうなったのか?
綺麗に縫合してあるのか?
その傷跡は残らないのか?
腱は傷付いていないのか?
ダリルは心配で堪らなかった。その身体に傷跡を残してほしくない。
「傷は、ほとんど残らないって」
何故か微笑してジョゼフが言った。
「そうなんだ……」
ダリルは少し、また安心した。
「医療用メスで切ったから、切り口が綺麗だったみたい」
「……」
「細かい傷がたくさんあっただろ? 実は、なかなかできなかったんだ。怖くて手が震えちゃってさ、クスッ……医者になろうって奴のメスを握る手が震えてたんだぜ? 笑えるよな。クスクス……」
まるで笑い話のようにジョゼフはそう言った。
「ふざけるな」
「……?」
ダリルの真剣な言葉と表情にジョゼフの表情は凍り付く。
「死にたくないのに死んでった人がいるっていうのに……自殺して、罪が償えるなんて思うな! 彼女の分も……
生きて償え!!」
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