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これは往年の電話ボックスなのか
私がクロと呼ばれていたときの話。
当時の響留は、音楽科向けではない一般学生向け、または独居向けのフツーのワンルームマンションに住んでいた。
学生なら学校でしっかり吹いて練習すると言うことも出来たが、卒業後はそんなわけにもいかない。
だから、それは響留にとっては仕方なくだった。
だがしかし、一般のワンルームマンションだ。
当然だが、楽曲の問題は御法度だ。
夜に楽器の音を出そうものなら、完全にアウトだ。
でも、そのアウトをやってしまったのですよ。響留くんは・・
まぁ、簡単に言うと、隣の人から壁を激しく叩かれる。
というものだ。
その時の隣人は、夜遅くまで友人らと騒いでいたので、これくらい許されるかと思っていたようだ。
そんなこともあって、壁が叩かれようがフルートを吹き続けて、結果的に隣人と言い争いになって、結局引っ越すしかなくなったのだった。
まぁ、しかし、響留が悪いと思うよ。
学生向けのワンルームマンションでしかも夕方以降に音出しなんて、フツーはとんでもない迷惑行為だ。
屋外練習やカラオケボックスでの練習もしていたが、屋外練習では天候の影響をかなり受けるし、カラオケボックスは毎回の出費もバカに出来ない。
そこで、引っ越し費用との出費覚悟で、響留がローンで買ったのは、防音室だった。
その防音室、室内が縦横1.2m程度のもので、引っ越し先の六畳半のワンルームマンションのお部屋の真ん中に鎮座することとなった。
はじめは
「これで音の問題から解放される!」
と喜んでいた響留だったが・・
少なくとも二時間から四時間、平均して3時間はその防音室に籠って毎日練習する。
本当に、最初は喜んでいたんですよ。
ここでちょっと考えてほしい。
防音室の内部は、室内の空気循環器が上の方についていて、中身は、譜面台を置いて楽器を構えたらもう手狭だ。
四方が木目調になっていて見た目は良いが、入り口のドアに細長い窓がひとつあるのみだ。
密閉率が高いので、楽器をしっかりと吹いた際には、空気循環器では賄えないほどの酸欠状態になる。それに伴って室内の熱量も上がる。
いつしか、響留は、その中での毎日の練習に苦痛を伴うようになっていた。
よく二年間も頑張ったと思う。
また、居住スペースにも問題があった。
防音室が部屋の真ん中に鎮座することによって、お布団を敷く場所やテレビの場所も片隅に追いやられる。私のご飯スペースもおトイレも、当然隅に追いやられていた。
そして響留は、防音室を往年の電話ボックスと呼ぶようになっていた。
結果的にかなりの閉所恐怖症になってしまった響留は、その症状にしばらく悩まされることとなった。
そのため、ローンを組んで70万円で購入したその往年の電話ボックスを、音楽家仲間に一万円で売却。
そのあとで、少し郊外にある、
音大生向けの楽器オッケーのワンルームマンションに住むようになった。
・・最初からそうすれば良かったのに。
しかし、仕事とはいえ、フルートのためならここまでできる響留の情熱はすごいと思う。
・・ほんと、それくらい、周りにいる手の届く人を好きになったら良いのに・・
ちなみに、響留が住んでいたどのマンションも、ペットの飼育が不可だったことは内緒である。
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