ルイ・クロ・くるみ

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ルイ・クロ・くるみ

あの時、運よく転生の機会をもらえた私だったが、常に順風満帆だったわけではなかった。 最初の死より、シャムベースミックスのルイに生まれ変わった時には、私は一時的に捨てネコになっていた。 その過程で、人間のペットビジネスの闇を知った。 あ、いや、私の運命の巡り合わせがたまたまそうさせて、そういうバイヤーの元で飼われている母の元で生まれ出でただけなのかもしれない。 クライアントは、今や希少となった純粋な女の子のシャムネコを迎え入れることを望んでいた。 ちょっと譲って、純粋じゃなくてもいいから、純粋なシャムにみえる女の子のシャムネコを望んでいたのだ。そのために、生まれてくるであろう仔猫に、法外な報酬金をかけてもいた。 まもなくして、私たちは生を受けた。 他の兄弟たちと違って、私は再び。だったけど。 四匹生まれた仔猫の中で、男の子は3匹。 だから、パッとみて純粋にみえる女の子のシャムは私ひとりだった。 しかし、生まれてきた私には、背中にハート型の模様があった。 人間はハート型が好きじゃないのかと思ったが、純粋にはまるで見えないと言うことで、私は買い取られることはなくなった。 他の兄弟らは、男の子だけど純粋なシャムネコに見えなくもなかったので、それなりの値段で取引された。 法外な報酬が受け取れなくなったバイヤーは、私を疎み、そして、段ボールに入れて夜中にひっそりと公園に捨てた。 そして、翌朝、朝練を公園でしようと画策していた高校生時代の響留と出会った。 笛の音が聴こえた。 初めて聴いた音だったけど、あのときの祈りのようにも聞こえた。 私は鳴いた。 あの時みたいに、気付かれないことはイヤだ。 でも、あのときのあんな状況でも気づいてくれた男の子のことを思い出していた。 あの目を、あの時、雨の中で祈っている男の子の顔を思い浮かべて、そして鳴いた。 私の鳴き声を聴いて、響留は駆け寄って来てくれた。 私を見て、なんだか安心した顔を見せていた。 それはきっと、私が生きて元気に鳴いていたからだと思う。 『キミ、シャムネコでハートネコなんだね。美人さんだね』 ひとしきり鳴いたよ。 いや、あの時は泣いたよ。 会いたかった 会いたかったよ。 ずっと会いたかったよ。 やっと、やっと願いが叶ったよ。 大きくなったね 私の響留。 そして、私は響留に引き取られた。 響留はまだあの平屋のアパートに住んでおり、フルートの演奏は学校の第二音楽室を勝手に使って練習していた。 響留の自宅では、響留の部屋のみで飼うことを家族から許された。 幸せだった。 ある時、響留は言った。 『ねぇ、ルイ、キミさ、ひょっとして、あのときのネコの生まれ変わりなの?』 私をじっと見て、さらに続ける。 『なんかね、初めて会った気がしないんだ。』 そう。その通りだよ。響留の祈りが届いたんだよ。 でも、別れの時は、その数年後に訪れた。 私のシャムベースで背中のハート型がかわいいと、どこかの一部の愛好家に仕向けられて、ネコ泥棒に入られたのだ。 アパートは誰もいない間に侵入された。私は、ネコ泥棒から逃げるのに必死だった。 でも、相手はネコの扱いに慣れたプロだ。 ネコを捕獲する際に使う網で、すぐに捕まってしまった。 そして、車で連れ去られる瞬間に、網を破って一目散に逃げ出したが、猛スピードで近づいていた対向車に牽かれて、私は即死だった。 足がつかないよう、ネコ泥棒は冷たくなった私の身体を車につめ込み、そして森まで連れていって遺棄した。 それからしばらく、私を探している響留の姿を空から見ていた。 響留はずっとずっと泣いていた。 夜も朝も私を探していた。 そして、しばらくたったある日、諦めろと自分に言い聞かせるように、泣き顔でくしゃくしゃになりながらも、唇を食い縛って、どうにか心の整理を響留はつけた。 もし今度生まれ変わった時には、自動車には本当に気を付けようと心に誓った。 捕まえられてめちゃくちゃ怖かったし、車に牽かれてめちゃくちゃ痛かったけど、こんなことで響留を悲しませてはいけない。 今度があるなら、次回は本当に注意しよう。 それから、約1年後、私は、再び生を受けた。 今回は、ノラネコの母親から生まれたクロネコだ。 親から離れて、ひとり遊びが出来るくらい成長した頃、私は気合いの入ったいかついオスのノラネコに一方的に威嚇され、その爪で引っ掻かれてしまった。 その時にやられた傷が化膿し、私は目も開けられなくなっていた。感染症で呼吸も辛い状態だった。 もう、母ネコの居場所もわからなくなっていた。 迷いこんだ所は、学生向けのマンションの自転車置き場だった。 もう身動きも取れない。 今回は、もう響留には会えないのか。 私の願いは、もう期限切れなのかと思っていたところに、響留が現れた。 そこは、響留が住んでいたマンションの駐輪場だった。 私を見るなり、すぐに動物病院へと連れていき、瀕死の私をちゃんと治療してくれたので、私は生きながらに甦った。 それから、響留との生活が再び始まった。 ある時、響留は言った。 『ねぇ、ルイって知ってる? キミさ、ひょっとして、ルイの生まれ変わりなの?』 私をじっと見て、さらに続ける。 『なんかね、また会えた気がするんだ。』 そう。その通りだよ。響留の祈りが、願いが届いたんだよ。 でも、幸せな時期は、たったの4年だった。 あの時に受けた傷が元で、私は不治の病をもらっていたようだ。 どんどん体力が衰えていく私に、響留は献身的に尽くしてくれた。 ある日、私は響留の演奏会を、響留の目を通して見ていた。 響留はとっても素晴らしかった。 私の自慢の響留だ。 私の身体は、限界を迎えていた。 響留の音楽を聴いて、最後にそれが聴けて、私は安心して身体を休めた。 演奏会を終えて、急いで帰ってきた響留は、冷たくなった私の身体を抱いて、ずっとずっと泣いた。 ずっとずっと泣いていた。 私は幸せ者だ。 本当に幸せ者だ。 でも、どうにか、次はどうにか響留を悲しませないように私がしっかりしなくてはいけない。 次の時、本当に生まれ変われるか、本当に心配だった。 だって、ルイの時も、クロの時も、響留をさんざん泣かしてしまった。 もうあのお方からも見放されたのではないかと思った。 だから、私がそんなに運よく生まれ変わって、また響留に会えるのかどうなのか。 そして、次があるなら、もうこんなに早く寿命が尽きることなく、なるべくなら響留を泣かせないようにしたい。 そう思っていると・・ 次はとあるペットショップ関係のブリーダーの自宅だった。 母ネコはとっても美人だ。 ・・って、足が短い。 ・・しかも長毛 私は、マンチカンのブラウンタビーのロングヘアーとしてショウウインドゥに並んだ。 またしても、ヒヤヒヤする。 響留に会えないんじゃないかと気が気じゃない。 私には、ハロウィンフェアとしての付加価値が与えられていた。 響留、迎えに来て。 早く私を見つけて。 ・・でも、響留はハロウィンフェアには訪れず、私は売れ残ってしまった。 ハロウィンの翌日・・ 今回ばかりは、もう奇跡は続かないかと思っていたときに、響留は現れた。 私を見る響留の目。 間違いなく、私を探していた目だ。 響留の自宅に向かう途中で、響留は言った。 『ねぇ、ルイとかクロって知ってる? キミさ、ひょっとして、あの子たちの生まれ変わりなの?』 私をじっと見て、さらに続ける。 『なんかね、また会えた気がするんだ。』 『きっとまた会えるって思ってたんだ。』 響留の脆い涙腺が緩んでいる。 そう。 その通りだよ。 響留の祈りが、願いが届いたんだよ。 響留、いつもありがとう。 心配かけてごめんね。
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