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おひとり様のわたし。
俗にいうところの「ぼっち」というやつかもしれませんが、「おひとり様」という言葉を使わせていただきます。
ぼっちというと、なにやら自虐めいた響きがあるじゃないですか。わたしの場合、いまの状態をすこしも気にしていないのですから。イジメにだってあいません。
机のうえにゴミがあったり、他人の物が置かれていたりしますが、これはイジメではありません――よね?
テキストに書かれた名前を確認して、持ち主の机に戻してあげるわたしは親切だとおもうのですが、ご本人はひどく驚いて、誰が置いたのかを訊いてまわったりしています。
善行は隠れておこなうもの。
「名乗るほどの者じゃないさ」は、死ぬまでに一度は言ってみたい台詞ランキングの上位に位置するものだとおもいませんか?
わたしはおもいます。まだ言ったことはないですけれど、死ぬ前には言ってみたいものですね。
窓際に座っていると、日々、いろいろな音が聞こえてきます。
我が校は高台に位置していますので、大通りからも遠く、おかげで車の音はほぼ聞こえません。線路が近くを通っているので、時折ゴーという音がする程度。
あとは、校庭でおこなわれている体育の号令や、競技に従事する生徒たちの声ぐらいです。
放課後になれば、部活動の音へ変わります。これもなかなかオツなものです。
ですが今は授業中。
英語教師が発する呪文のような響きは、睡眠導入効果がありますね。
ゆらぎ、というやつでしょうか。
わたしの前では、殿村くんが寝ています。
さきほど申し上げましたが、今は授業中です。
でも、豪快にイビキをかいて寝ていらっしゃいます。
よいのでしょうか?
殿村巧くんは、転校生です。
義務教育期間であれば、ままあることでしょうけれど、高校生になっての転校なんて、あるのですね。これまた、おうちの都合でしょうか。
大変ですね。おつかれさまです。
とかく転校生なる存在は、人目を引くものと相場は決まっています。
かくいう彼も、なかなかに鮮烈なデビューを飾りました。
眉目秀麗な殿村くんは、それは女子に囲まれまして、一部男子らの舌打ちをほしいままにしました。
かの蜂谷帝国も彼を国民として迎え入れようとしたのですが、「興味ないんで」とすげなくお断りしたものですから、反帝国派の男子からは英雄視されました。
女王蜂――おっと、蜂谷さんをこころよくおもっていない女子のハートも鷲づかんだようで、告白タイムが連続しました。あかねさす放課後の教室、というやつです。
ロマンチックです。
少女漫画の世界です。
告白場所を選んだ女子は、わかっていますね。
だというのに、お断りしてしまうのですから、殿村くんはクールガイです。
え? なぜわたしが知っているのかですか?
それはですね、彼女たちがわたしがいることに気づかず、はじめてしまうからですよ。
わたしだってできればご遠慮願いたいところです。
恋に目が眩んだ彼女らは、わたしのような影のうすい「おひとり様」なぞ、目に入っていないのです。
ですから、わたしにできることといえば、机の下に埋まってこっそり静かに、ひたすら貝になることでした。
ここは海。
水平線に夕陽がしずむ、砂浜です。
波に攫われて流れてきた貝が、わたしです。
波打ち際、水にさらされ角も取れ、すっかり丸くなりました。
さくら色の、きれいな貝を希望します。
静かに、静かに。
けれど殿村くんだけは、わたしに気づいていたようです。
わたしがそのことを知ったのは、三度目の告白のあとでした。
「覗き?」
「ちがいますっ」
あわてて頭をふりました。手だってぶんぶん振ります。
否定です。否定ったら否定なのです。
すると殿村くんは、そのクールガイな表情を崩し、笑ったのです。
それはまるで雪解けでした。
私のこころに春が到来です。
「ヘンな奴だな」
……そうかも、しれません。
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