【コートの奥の手紙】

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* 早速作業にかかりました。 晩秋です、いつこのコートの出番があるとも限りません。 丁寧に裏地の縫い目をほどきます。左の身ごろを外し始めて間もなく、何かが入っているのが判りました。 飴の個包装の袋やアメリカピンなど──ああ、裏地と同じ布で作られた袋状のポケットが破れています、気が付いてご自身で縫ったのでしょう、不自然な形で合わせて縫われていました。これも一緒に直しましょう。 他にも丸まったティッシュや切符などもあります。切符はかなり掠れていますが91と言う文字が見えました、1991年ということでしょうか。このコートが見てきた歴史を感じました。 そして、小さな封筒を見つけました。 手に取り思わず微笑みました、拙い字で「おかあさんへ」とあります。 失礼ながら中も確認させていただきました、ふたつに折られた小さな紙が入っています。 見てしまう事は内緒です。そっと取り出し、開いていました。 『おかあさんへ いつもおいしいごはんつくってくれてありがとう いつもミコのためにいろいろしてくれてありがとう おかあさん、だいすき          ミコ』 ミコ、とは矢上さまのお名前です、美湖さまです。 拙い字、拙い内容、幼い頃に書いたお手紙と判ります。 受け取った時のお母様の笑顔が見えるような気がしました。 そして大事に取っておこうと思ったのでしょう、お気に入りだと言うコートのポケットに入れて、いつの間にかコートの奥深くに落ちてしまったのでしょう。 それから何十年も、この手紙はひっそりといつも傍にいたのです。 その様子に笑顔にならずにはいられません。 飴の袋やティッシュは捨ててしまってよいでしょうが、これだけはきちんとお戻ししないといけません。 手紙を元のようにたたみ、封筒に戻しました。他にも出て来たものと一緒にビニールの袋に入れ、店のお知らせを貼ってあるコルクボードにピンで留めます。 これをお返した時に、おふたりは喜ぶだろうかと想像して、私はまた笑顔になりました。 まるで小さなタイムカプセルです。時を越えて、親子は愛を確かめあうでしょう。 その様子を思うと、とても温かい気持ちになります。 さあ、一生懸命、作業を致しましょう。 終
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