宛名のない手紙

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宛名のない手紙

今日もポストに宛名も差出人も何も書かれていない白い手紙が届いている。 手紙といっても何も書かれてはいない。あるのは貼り付けられた風景写真一枚…。 黒島はその手紙を丁寧に部屋に飾っている。 こんな素敵な写真を送ってくれる人はどんな方なのだろうか。 何か危険なものや脅迫状が入っているわけでもないので黒島は事件性はないと信じていた。手紙に書かれた文字は写真の撮影場所を教える頭文字なのだろうと解釈している。 黒島自身が写真家であり、風景写真を撮影することは日常茶飯事であったわけだが、自分にはない個性溢れ出すその写真に一種の憧れを感じていた。 一体この撮影場所はどこだろうか?そんなことを日々考えながら、その神秘的要素を醸し出す写真が届くのを日々待ち遠しく思っている。 「白石…あいつにも見せてやりたかったなぁ。今はもう遅いか…。」 彼は少しため息をつき、コーヒーを口に運んだ。 一体誰が手紙を運んでくれているのか?彼は好奇心に身を任せ、ポストの前で長時間待っていたことがある。 しかし、待てどもポストへと近づいてくる者はいない。諦め、家の中に入り、少し休憩すると、途端に手紙はポストの中に入っている。封筒にも入っていない裸の手紙と写真が。 この現象に通常であれば、恐怖を感じるものだが、彼は変わり者であるからして全く動じない。素晴らしいと感じるその写真への熱い気持ち、それこそが動力源であるから。 ________ ザァァァァ… その日、外は激しい雨に見舞われていた。 ピンポーン! 黒島が宛名のない手紙と写真を時系列順に並べていると、家のチャイムが鳴った。 誰だろうか?こんな雨の中…そう思いながら、黒島は玄関に向かっていく。 のぞき穴を確認すると、黒いカッパに身を包んだ来訪者がみえた。顔はよく分からないが、彼は玄関のドアを開ける。 ギィィィィ。 「おぉ、こんにちわ!ひどい雨で参ったよ。全く…少し休憩させてくれないか?」 「なんだぁ、赤井じゃないか。まぁ、入れよ。」 その人物は赤井だった。たまに連絡をとり、お酒を飲みに行く昔からの友人である。 バサッバサッ。 カッパについた雨水を払いおとし、赤井は家の中に入っていく。 「んっ?」 「どうした、黒島?」 「いや、なんかポストのところに人影みえたような気がして…。」 「なんだよ、おどかすなよ!気のせいだって。きっと、宛もなくさまよう郵便局の人だろ!ハハハ。」 …そんな冗談を交わしながら、彼らは温かいココアを口に運んだ。 「で、何かあったんだろ?そうじゃなきゃこの豪雨の中、うちまで来ないだろ?」 赤井はふぅーっと溜め息をつき、観念したのか話しはじめた。 「実は、鬼妻から家を追放されてしまってな。家出してきたんだよ。しばらく泊めてくれないか?」 「それはないな。なんだかんだ仲良し夫婦だからな。本題を。」 赤井はバレたぁ?と少し笑い、直ぐ様キリッとした表情をした。 「明日はアイツが…白石が亡くなってから丁度10年になるよな。」 「……そうだな。もぉそんなに経つのか…。」 「黒島……あれは俺たちのせいではないと頭に刷り込みながら、今俺たちは全うな人生を歩んでいる。」 「表面的にはあれは事故だ。だけど……その発端は…」 「やめろ!俺たちは俺たちなりに罪を償って、毎年お墓参りもしてるだろ。あれはアイツがトロかったせいで…ぐっ…。」 赤井は悔恨の念を喰いしばりながら、話を続けた。 「それに関連して、俺が気になってるのはこれだよ。」 赤井は黒島に送られ続けている写真を手に取った。一番最初に送られてきた端にあった写真を。 「これ、この森の写真…何か見覚えがないか?」 黒島はまじまじとその写真に見入った。 「あっ、そういわれてみると…あそこの場所によく似ているような…。」 「うん…俺はこの写真の場所を色々な角度で調べてみたんだ。一種の好奇心ってやつだな。」 「そうか、赤井…暇だったんだな…ふふ。」 「真剣に聞いてくれ。」 赤井のマジ顔に黒島は動揺した。 赤井は脱いでいたジャケットの内ポケットから、地図らしきものを取り出した。 「これを見てくれ。」 赤井の取り出した地図には赤い丸が複数付けられていた。 「一週間に一度、届けられているこの写真…今は全部で7枚…。」 ゴクリッ。 黒島は固唾を飲んだ。 地図の赤丸がだんだんと彼らの住む街へと近づいていってるのは明白だったからだ。 「この2枚目の写真の建物だが、9年前にはちゃんとあったんだよ。今は取り壊されて平地になってはいるがな。」 「こっちの3枚目は…8年前には存在していたネオン看板だよ。黒島…お前はあの事件以来、この昔道避けて通ってただろ。だから、気づかなかったんだよ。」 黒島の顔が強張っていく。 「…残りの写真の風景も全部、7、6、5、4年前に何かしらの影響で変化しているんだよ。」 「……赤井…こ、この写真を送ってきているのってまさか…。。」 「アイツは死んでるんだ。祟りなんてこと…考えたくはないがな。だが、写真の場所を追っていくとどうやら、こちらに向かってるみたいなんだよ。」 「ど、どうしたらいい?」 「ポストを外して、少し様子を見てみよう。もし、心配なら警察…じゃなくて、霊媒師にでも見てもらった方がいいのかな。その写真とか。俺はもう少し調べてみるよ。」 黒島は今まで高揚して待ち通しかったあの手紙に対して…今は恐怖しか感じなくなっていた。 赤井が帰ってから、黒島は外のポストを恐る恐る確かめにいった。 「うっ…。」 そこにはまた入っていた。恐怖の8枚目が…。 ______ 次の日、黒島は早速ポストを取り外した。 そして、用心のために監視カメラを玄関に設置した。 8枚目の写真…手紙には勿論何も書かれていない。赤井の推理が正しければ、3年前はあったが今はなく、撮影できない風景画が写り込んでいるはず。 黒島は意を決して、確認しようとした。 ピラッ。 薄いピンク色の壁面のお城のような形をした…モーテル?だろうか。彼はうろ覚えだったので、写りこんでいた名称をネット検索してみた。 『3年前に閉店…』 やはりか…。黒島の住んでいる場所からさほど遠くない住所。彼は身震いしながら、その写真を裏側にして机の引き出しにしまった。 なぜか、写真を燃やして捨ててしまいたいとは彼は思わなかった。隠された秘密がわかってしまった時点で気色の悪さは明白だ。 呪われて殺されてしまうんじゃないかと…。しかし、彼…白石が遺してくれた懸命に撮影してくれたであろう写真の数々…簡単には処分できない。 全ての写真が斜め下からの画角で撮影されているところも趣があっていいものだ。 白石に対しての畏敬の念は本人が死してもなお変わらない…。 _____ 何事もなく数日が過ぎた…。雨の中の訪問以降、赤井との連絡は途絶えている。 何か胸騒ぎを感じながらも黒島は玄関を開け、外へ出掛けようとした。一応、近所の霊媒師に写真を見てもらおうと… 「あっ…んっ!」 玄関前の足元に落ちていて欲しくないものが置いてあった。 9枚目の写真…。少し震える手を押さえつけながら、彼はその写真をあまり凝視しないように拾い、直ぐ様、鞄の中にしまいこんだ。 「あっ…監視カメラの映像…。」 彼は上を向き、新しく設置していたカメラの存在を思い出した。 ゴクッ…。 「か、確認してみよう。」 彼は家の中に戻り、玄関のカメラに繋がっている映像モニターを確認した。 キュキュルルル…。 早送りをしながら、深夜時間帯の映像を確認していく。 ………… 「こ、これは??」 全く変哲もない映像が淡々と流れるなか、一部分だけ、時間にして30秒程度であろうか真っ黒になってる箇所があった。 映像の乱れ、故障が原因とかそういった感じではなく意図的に離れ技を使って覆い隠されたような…。 冷や汗が頬を伝わる。 ピッ…。 彼は再生ボタンを停止させ、急ぎ足で霊媒師の元へと向かった。 _______ ピンポーン。 「あの、さっき電話した黒島という者ですが…。」 ギィィィィ。 ドアが静かに開いた。 「待っておりました。どうぞ。お入りくださ…」 ドアからのぞけた霊媒師の顔が一瞬怯み、言葉を濁らせた。 そして、一呼吸置いたところで、巷で有名な霊媒師であった彼の口から聞きたくない言葉が出てきてしまった。 「長年…怨念宿りし物品の数々を見てきましたがこれは…本当に強烈な邪悪を感じます。恐ろしいほどに無念を遺しているのでしょうね。その鞄ごと貸して下さい。」 「あっ…えっ…はい。」 黒島はあたふたしながら、霊媒師に促されるがまま手紙と写真の入った鞄を彼に渡した。 「絶対…家の中には入って来ないでください。少々危険なことになるかもしれませんので…」 「えっ…どういうことですか?」 「まぁ、とにかく外で待ってなさい。」 ガチャン。 ドアが閉められてしまった。 そんなにも危険シグナルを醸し出している代物なのだろうか。 黒島は著しい不安を覚えつつも、取り敢えず外でお祓い?が終わるのを待つことにした。 カチッ…カチッ…カチッ コチッ…コチッ…コチッ どのぐらいの時間が経過したのだろうか。慌ていたせいか、腕時計を家に忘れてしまったため、凄く長く感じる待ちぼうけであった。ついでに不安と恐怖が上乗せされ、動季も高まる。 ガッシャアァァン!!! 『ぐっ…ぐあぁァァァァーー。』 「!」 …物凄い音が聞こえたと同時に、霊媒師の阿鼻叫喚が家の中から聞こえてきた…。 びびってる余裕などはなかった。黒島はすぐにドアを開け、中に入った。 「ど、どこですか。ミスタープラズマさん!」 霊媒師の愛称で、彼は呼び続けた。 が返事はかえってこなかった…。 あっ! 二階に上がる階段に血痕が飛び散っていた。 「こ、この血はまさか…プラズマさんの…。」 恐る恐る階段を登り詰めていく黒島。 タンッ…タンッ…タンッ…。 無情にも部分的に壊されたであろうドアを見つける。 ゴクッ…。唾を飲み込む。 「プ、プラズマさん…中にいるんですかぁ?」 ガチャ…。 「ぐっ…うっわぁぁぁぁ。!!」 そこに横たわっていたのは、下半身を無惨にも切り刻まれたミスタープラズマさんの姿であった。なんとか、意識はあるようだった。 「だ、大丈夫ですか?救急車を呼びますね!」 「ぐっ…はぁ…ヤツは逃げたが、深い致命傷を負ってしまったよ…情けない。この手紙はやはり危険すぎる…。」 辺りを見回すと部屋の中に飾られたものが散乱し、窓ガラスは大きく割れている。争いの形跡が事の重大さを物語っていた。 そして…床に散らばりながらも整頓されてるかのような…血糊が付着している手紙を発見した黒島は大きく腰を抜かした。 血に染まったその手紙一枚一枚には文字が浮かび上がっていた。 『お』『ま』『え』『ら』『は』『う』『ら『ぎ』『っ』 9枚…9文字のその形成されたメッセージ。 その裏切りという言葉は彼に偽物の栄華を思い出させたのであった…。
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