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最後に交わした会話はなにだっただろうか。
兄のことを煩わしいとしか思っていなかった私には思い出すことなどできない。
そこでようやく私は、兄の声が思い出せないことに気が付いた。
散々耳障りだと言っておきながら、と、思わず苦笑してしまう。
玄関の引き戸の音が聞こえてくる。母が親戚を見送るのが聞こえてくる。
やはり敷居の溝に戸が引っかかっている物音がした。
私たちが幼いときから玄関の戸はあんな調子だった。
しかし兄は上手に開けた。
兄にかかれば、硝子戸は小気味いいほどの勢いと音で滑っていくのだ。
いつだったか、父の言いつけを破って遅くに帰ってきたときも、よせばいいのに豪快に戸を開けた。硝子戸が粉々に割れたかのような音が家中に響き渡った。その音で寝ていた父を起こしてしまい、きつく叱られていた。
なんだか、からだのなかにあった重いものが消えていくような気がした。
窓から見える柿の木がぼやけて見える。
私の頬を伝い落ちた滴が便箋のうえに落ちた。
手紙の主のように兄を見てみたかった。
そうすればもっと、たったひとりの兄弟の死を悼むことが出来ただろう。
了.
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