一.

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溝に引っかかる引き戸に四苦八苦の末、敷居をまたいで入ってきたのは雪駄をひっかけた町長だった。 町長は挨拶もそこそこに「これな」と一通の白い封筒を差し出してきた。ワイシャツをまくり上げた腕は年齢相応に痩せているがほどよく日焼けしている。 「なんなん」 尋ねると彼はうんと唸って言葉を整えるような素振りのあと「あんな」と教えてくれた。 町長を見送ったあと、私は自室に戻りはさみを探した。 母は法事で出す仕出しの手配をしながら、様子を見に来てくれた親戚と話し込んでいるようだった。母の前で開封しようかと考えたが、止めた。 封筒の宛名には私の名が書いてあった。 知らない筆跡だった。 ひんやりとした薄暗い部屋の中に紙を断つ乾いた音が波紋を広げていくようだった。 町長いわく、役場に届く封書のなかにまぎれていたという。もとは町長宛ての封筒にはいっており、なかには私宛のこの封筒とメモ紙があった。 そこには兄の名前と、出身地はわかるが詳しい住所がわからないということ、そして私の名が書かれていたそうだ。ちいさな町ゆえ、わざわざ町長が届けに来てくれたのだ。 差出人の署名はない。
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