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思い出が染みこんだ部屋を引き払うのも荷物をまとめるのも、顔見知った近所への別れの挨拶も苦でなかった。
右も左もわからぬ新しい土地ではじまる生活に、まるで学生のように心踊らせ希望に満ちていたのはすべて、そこにお兄様の存在があったからにほかなりませんでした。
遠く知らぬ土地で、見知った人間に会えるというのが、医療にも勝る心の栄養剤となることをこのとき身をもって知ったのです。
引っ越しの片付けが一段落したら、連絡をとろうと、そう思っておりました。日用品がなかなか揃わず、疲労と苛立ちを感じながらも、これが終わればどこに行こうか、などと考えて心身を癒しておりました。
知らせは突然でした。
共通の知人からの連絡に、私は頭が真っ白になりました。
まず第一に訃報を寄越した知人を疑いました。たちの悪いいたずらだと思ったのです。
だって彼はおなじ街にいるのです。
まさか亡くなってすでにご実家に戻られているなんて。
ではこの街にはもうだれもいないのですか。
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