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 駅の方へ向かう私が見えなくなるまで、文はテラスから手を振ってくれた。  その背後から、文の色にも似た夜の帳が空を覆い始めている。  駅の向こうには残光に燃えるように照らされた山が聳え、遠くなり始めている空に一つ、気の早い星が灯っていることに気付いた。  時間を確認しようとスマートフォンを開くと、ツール・ド・フランスの同僚からメールが入っていた。 『無事か。幽霊は見れたか』  メールの時間を確認する。仕事の真っ只中であったはずだ。  同僚は、私がどこに向かっているのかを知っている。短い文章の行間に、この同僚の心を垣間見た気がした。  私は立ち止まり、返信をした。  幽霊は、懐かしい姿をしていた。  メールを送信し、ふと足元を見る。  黒い影が、私の足元に落ちていた。  夕日の残光を確かに遮り、くっきりとした私の影が、足元から長く長く伸びていた。
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