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近所の公園にて。
1人でキコキコ、ブランコをこぎながら、物思いにふけっていた。
11月となると、日が落ちるのは早い。辺りはすっかり暗くなっていた。そして寒い。
「何してんだいこんなところで」
「うわあああ!!」
暗闇にぼんやりと、顔が浮かび上がっていた。
「落ち着きなよ、アタシだよ、ア・タ・シ」
顔が語りかけてきている。落ち着け。深呼吸し、改めてそれを見た。
「うわああああ! で、でたー!」
暗がりに立っていたのは、妖怪・ヤチーン・バイ・ニ・スルゾ(大家)だった。
「誰が妖怪だって!? 家賃倍にするよ!」
心の声がただ漏れだった。どうもすいません。
「いや、違うんです。急に暗がりから現れるから、ビックリして」
この人は奥村博美さん、77歳。我が新妻探偵事務所のビルオーナーで、ご覧の通り「家賃倍にするよ!」が口癖の大家さんだ。
「アンタこそ、いい大人が夜の公園でブランコなんかこいでるんじゃないよ! ビックリするじゃないか」
至極正論だ。
「いやね、愛理くん、髪を伸ばしているみたいなんですけど、全然気づかなかったって言ったら、機嫌が悪くなっちゃったんです」
「馬鹿だねえあんた。女性が髪を伸ばしてたって言ったら──」
(好きな人に見てほしい以外に、ないさね)
「言ったら、なんです?」
「何でもないよ! アンタなんかに教えるもんかいっ この鈍感男! 家賃倍にするよ!」
「あっ、どうもすいません」
なぜか怒られた。理不尽だなあホント。
「髪といえばアンタ、知ってるかい? 桜池公園の伝説」
桜池公園とは、町の郊外にある公園だ。
「伝説ですか? 公園の中心に大きな桜の木があって、そこで結ばれた男女は、生涯を共にするという……あれでしょ?」
この公園には、ちょっと苦い思い出があるんだよねぇ。(別エピソード。嘘の温度参照)
「桜は"春"の話さね。冬の……もう1つの花については、知らないのかい?」
「冬の花ですか?」
それは本当に知らない。探偵としては、興味深い話だ。
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