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新妻探偵失踪事件
11月になり、やや強い冷え込みが到来した。
新妻雅34歳は、いつものように、窓際で黄昏れていた。
「秋だねえ」
「秋ではありません」
振り返らずども、声の主が誰かは分かる。
我が新妻探偵事務所の、従業員で、事務員で、秘書である、樹原愛理、25歳だ。
……彼女以外、従業員、いないからね。
「冬だねえ」
さり気なく言い直す。
「冬でもありません。11月は霜月と呼ばれ、秋と冬の境目とした季節です」
だ、そうである。知らなかったねえ。
(無知は恥である。だが知らないままなのは、もっと恥である)
ううむ、我ながら意味不明だ。
「寒くなってきたねえ」
無理やり、まとめた。
「所長、どうぞ、お茶です」
愛理くんがお茶を出してきてくれた。
「ありがとう、樹原くん」
余談だが、ほくは彼女を『樹原くん』と呼び、彼女はぼくを『所長』と呼ぶ。
え? さっき『愛理くん』って呼んでなかったかって? 気のせいだよ。決して5行前を見ないように。
改めて自己紹介だ。
僕は新妻雅。ここ、新妻探偵事務所の所長を務め、2階建てビルの1階に、探偵事務所を構えている。
ちなみに2階は上野クリニック、1つ上野……もとい、1つ上を目指す、男のクリニックだ。そのくだりはもういい? こりゃ失礼。
お茶を出してくれたのは、樹原愛理くん。
整った顔立ちと透き通るような白い肌、ボブカットを少し短くしたような黒髪が、小さく整った顔を覆って──おや?
髪型がいつもと違っている。
「愛理、げふん。樹原くん。髪を伸ばしてるのかな?」
「……はい」
射るような視線が冷たい。今更ですか? と心の声が聞こえそうだ。
「そうなんだ、うん。全く、微塵も気づかなかったよ」
「……」
なぜか一度出されたお茶を下げて、新しいお茶を出された。
なにか、マズかったのかな……つめたっ!
「樹原くん、このお茶、氷ってるのかってくらい、冷たいんだけどね?」
「そのお茶しかありません」
首筋がひんやりと冷たいのは、お茶のせいではないはずだ。
そう、ほくには少し変わった力があってね、"嘘"がひんやり冷たく感じるんだ。自分に向けられた"嘘"限定だけど。
(そのお茶しかないって"嘘"だよね? さっきのお茶は温かかったし)
何だろう。気に障ること言ったんだろうか。仕方ない。冷たいお茶をいただこう。
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