なんだろっかー③

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なんだろっかー③

「ただいま」 「おかえり。どこ行ってたの?」 「……駅前の本屋。何も買わなかったけど」 「そう。そういえばあんたの机だけど……あら?」  母さんは僕が玄関にこっそり並べた下駄に気づいたようだ。 「えっとこれは、たまたま友達にもらって……」 「それ、あんたがもう使わないからって捨てたんじゃなかった?」 「え?」 「使うんなら最後まで使いなさいよね、全く」 「……うん」  僕が捨てると言ったのは、使いさしのノートのことだ。下駄なんか使うはずがない。  まさか僕以外にはノートのままに見えているんだろうか?いや、だとしたら玄関にノートが置かれていることに言及があるはずだ。  変化する前のものにまつわる記憶やエピソードが、受け継がれているということだろうか。 「……真面目に考えるだけ無駄か」  僕はため息をついて下駄を持ち上げ、自分の部屋に向かった。 *  改めて今日の戦利品を床の上に広げ、見比べる。  サボテン、サンダル、下駄、びっくり箱。  それに加え、カナブンやホタル、昨日は蝉とトンボも出てきた。  無生物から生物、もしくは植物への変化と決まっているわけでもない。  こうして並べてみても、本当に共通点が分からない。  しかし、世の中にあるものが完全にランダムに出てくるなら、もっと色々なものが出てきてもいい気がする。  八回のうち四回も昆虫が出てくるなんて、偏りすぎじゃないだろうか。食べ物や宝石が出てきてくれれば利用価値があるのに、いまひとつ役に立たないものばかりだ。  サンダルと下駄も、履物というカテゴリが被っている。  どうせなら帽子や洋服など一式揃えば達成感もあるのに。 「もしかして、それが狙いなのかな」    お金を入れさせるけど、決して欲しいものは出てこない。  童話に出てくる悪魔がやりそうな手口だ。昨日僕に声をかけてきた青年には、実はしっぽが生えていたのかも。 「お兄ちゃん、漫画貸してー!って何これ?」 「……うるさいな、勝手に入ってくるなよ」 「は?だってここあたしの部屋だし!お兄ちゃんこそ勝手に散らかさないでよ!」  考えに集中する暇もなく、ドアを騒々しく開け放って妹が入ってくる。ああ、早く一人部屋が欲しい。 「てゆーか漫画は?今日買ってきたんでしょ?」 「……いや、買ってない」 「は?なんで?」 「お前に関係ないだろ」 「あ、分かった!このサンダルとかげ、げ……」 「下駄か?」 「そう!それ漫画の代わりに買ったんだ!なんで?なんかに使うの?」  また始まった。僕は思わず眉をしかめる。  妹は七歳になったばかりで、最近なんでもかんでも「なんで?」と聞きたがるのだ。  初めは僕も先生気分で一つ一つ教えてやっていたが、毎日この調子だと本当にうんざりさせられる。 「……知らないよ」 「なんで自分のことなのに知らないの?ねえなんで?」 「もう黙れって!」  苛立ちに声を荒げて、ふと冷静になる。そうだ、たまにはこっちから聞いて困らせてやればいいのだ。  不服そうに口をつぐんだ妹に、わざと優しく語りかけてやる。 「実は不思議な箱があってな、そこにものとお金を入れると姿が変わって出てきちゃうんだ」 「は?そんなのあるわけないし」 「例え話だよ。この品物は全部そこから出てきたものなんだけど、その箱から出てくる時にはルールがあるんだ。何かわかるか?」 「えー?うーん……」  本当に信じ込んでるのか、妹は真剣な顔をして考え込み始めた。  思った通りだ。こいつは生意気だけど単純だから、問題を出されたら食いついてくる。  そのまま答えのない問題を考え続けて黙ってくれれば上々だ。  そう思っていたのに、僕の希望は長くは続かなかった。 「あ、分かった!わかったわかった!」 「大声出すなよ、うるさいから」 「ヒントは『お金』なんでしょ!?」 「……なんだって?」 「だからー、箱に『お金』を入れるとこれになっちゃうんでしょ?」 「……まあ、そうだけど」  そう聞くと、妹は得意げに鼻を鳴らして品物に手を伸ばし、並べ替える。 「サボテンと枝は『木』でー、サンダルと下駄は『草鞋』でしょー」 「わらじ?なんでそんな言葉知ってるんだ?」 「これに書いてあったから!」  妹が本棚から取り出したのは、ことわざや慣用句が漫画で解説されている学習本だ。開かれたページには、「金の草鞋で探す」ということわざと「その草鞋がないんだよう!」と裸足で探しまわるキャラクターが書かれている。 「お前、こんなの読めるのか」 「あたし天才だから!それで、サボテンと木の枝はこれでしょ?」  と、今度は「金の生る木」という慣用句が書かれたページを指す。 「……金にまつわることわざとか慣用句がルールになってるって言いたいのか?」 「え、そうじゃないの?」 「……だったら、その箱から虫が出てきたらどうする?トンボとか、蝉とか」 「うーん、虫かぁ……あ、分かった!『金食い虫』でしょ!」 「……」  単にからかうつもりだったが、意外にも妹の意見は的を射ているものだった。  金にまつわる慣用句というルールにのっとれば、妙に虫や履物が多いのも納得がいくかもしれない。  僕は妹が並べ替えた品物を見て、すぐにその考えが勘違いだと気づいた。 「いや、それはおかしいよ」 「えー、なんでー?」 「じゃあこれはどうなんだよ」  僕は妹に小さな木箱を渡す。この後に起こる事態を想像し、笑いを隠しながら。 「これも箱から出てきたものだったの?何これ?」 「開けてみればわかるよ、ほら」  妹が掛け金を外すと、待ち構えていたようにばね仕掛けのにやけ面が飛び出す。 「ひゃあっ!……もう、びっくりした!」  頬を膨らませる妹を僕は鼻で笑う。 「びっくり箱なんて慣用句になるはずないだろ?それに、金にも関係ない」 「そんなことないよ?ほら、おっかね~って!」  妹は大げさに腕を抱え、怖がるしぐさをして見せる。 「……駄洒落かよ」  呆れて呟いた後に、僕はあの男がロッカーにつけていた名前を思い出す。  「なんだろっかー」なんてセンスの欠片もない駄洒落だ。だからこそ、妹の発想は正しいのではないだろうか?  金にまつわるナンセンスな言葉遊びという説が? 「ね、今ので正解でしょ?あたしなぞなぞ得意なんだよ!……あれ、ってことは、その箱って本当にあるの?」 「……そんなわけないだろ。言ったろ、例え話だって」 「じゃあお兄ちゃん、あたしになぞなぞ出すためだけにサンダルとか用意したわけ?違うでしょ?それに漫画を買ってないのも本当みたいだし、お金をその箱に使ったんでしょ!」  まずい、面倒なことになりそうだ。僕が言い訳を考えるよりも早く、妹は自分の机から貯金箱を持ってきた。 「あたしもお小遣い出すから!明日連れてって!」 「だから作り話だって……」 「お願いお願い!じゃないとお小遣いで変な遊びしてるって言いつけちゃうから!」  一度思い込んだら、僕の話なんて聞きやしない。  それに、母さんに言いつけられるのも都合が悪い。なにせ無駄遣いしたのは確かだし、証拠だってここにあるのだから。  ロッカーの存在がばれないにしても、不必要なサンダルや下駄を買うのを許してくれるほど、うちは寛容ではない。 「ねえ、連れてって連れてって連れてって!」 「……絶対誰にも言わないって、約束できるか?」 「!うん、絶対言わない!神様に誓う!」  一度見せれば満足するだろうし、どうせ大したものは出てこないんだから、 独占しておくメリットもない。  小遣い減額を恐れたというよりも駄々をこねられ続けるのにうんざりして、僕は妹と指切りを交わした。  果たして、僕らを見守っているのは神様だろうか、それとも悪魔だろうか。
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