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なんだろっかー②
その翌日、僕はもう一度例のロッカーの前に立っていた。
平日の昼下がり、雑居ビルが立ち並ぶ寂れた通りの駐車場には僕以外の人影はない。
このコインロッカーはよく見る正方形に近いようなものよりも大型で、一つ一つが僕の胸のあたりぐらいまでの高さがある。きっと大型のスーツケースを入れるための物なのだろう。
縦に二つ、横に四つ並んだ中で、右下の一つだけが奇妙に古びている。
よく見ると、他のロッカーには料金と注意事項が書かれたステッカーが貼られているのに、その一つに貼られているのは「おかね」とだけ手書きで書かれたぼろぼろのシールだ。
気味が悪いな、と思いながら、僕はその扉に手をかけた。
「……やっぱり何もない、よな」
中身をそっと覗き、仕掛けや隠し扉なんかがないのをしっかり確認する。
背中にしょっていたリュックサックを下ろして、僕は一冊のノートを取り出した。漢字の書き取りに使っていたけど、学年が変わって中途半端なところで使いさしになっているものだ。
それを慎重にロッカーの中に置き、僕は扉を閉じた。
すぐに取っ手を引いて開けようとするも、やはり鍵がかかっている。あの男が言っていた通り、勝手に鍵がかかるというのは間違いないようだ。
続けて扉にそっと耳を当てるが、中からは何の音もしない。
昨日のように何かに変化するなら、それはこれから起こるのだろうか。
「……よし」
自分を励ますようにつぶやき、僕は財布から百円玉を取り出した。
漫画の最新刊になるはずだった硬貨が、投入口に吸い込まれていく。
かちゃり。鍵をひねって、ゆっくりと扉を開ける。
そこにあったのは、鉢植えの小さなサボテンだった。
「……はぁ?」
生き物に変わるわけじゃないのか。僕は首をひねってサボテンを取り出し、とりあえず地面に置く。
「……もう少し試してみるか」
僕はリュックサックの中から別のノートを取り出し、今度は少し乱暴にロッカーに放り込み、扉を閉める。
やはり外からでは物音は聞こえない。
扉を開けると、今度は一足の下駄に変わっていた。
虫はレアだったのかな。昨日のトンボ、逃がすんじゃなかったかも。
ちょっとだけ後悔しながら、僕はまたノートを取り出す。
三回目に鍵をひねると、ロッカーの中には何もなかった。
おかしいと思って首を突っ込むようにして覗くと、扉の奥の方に光るものを見つけた。
そっと指を近づけると、それは僕を誘うようにぼんやりと明滅を繰り返す。
「嘘みたいだ……」
信じられないが、それは蛍だった。
オレンジ色の大きな頭はヘイケボタルでもゲンジボタルでもないということは、図鑑を読んで知っていた。
宮古島の固有種、ミヤコマドボタルだ。
準絶滅危惧種をロッカーに放り込むなんて、どんな手品を使ってもできるわけがない。
「やっぱりこれ、本物なんだ……」
思わず地面に放置していたサボテンと下駄を手に取る。
昨日のことは夢なんかじゃないし、このロッカーには魔法の力があるんだ。
これをうまく使って、ものを思い通りに変化させることができたなら、どんなにいいだろう。
僕は無意識につばを飲み込み、そして自分の喉がカラカラになっていたことに気づいた。
*
それから何回か試してみたものの、変化の法則はほとんど理解できなかった。
持ってきたノートは六冊だが、その全てが別々の変化をした。四冊目と五冊目は何の変哲もない木の枝と古ぼけたビーチサンダルになり、五冊目はカナブンになって飛んで行ってしまった。
「同じノートを入れても同じように変わるとは限らないのか……じゃあ本当に法則性はないのか?」
今度は最初にロッカーから出てきたサボテンを入れてみる。
どこか祈る様な気持ちで扉を開けると、中に入っていたのは小さな箱だった。
「……なんだこれ」
僕の両手くらいの大きさの木箱は、残念ながら宝石箱の様な高級感はない。しかし、金属の蝶番や留め具には装飾が施され、何が入っているのか期待させるような雰囲気がある。
僕はそっと留め具に触れ、掛け金を跳ね上げる。
途端に蓋を弾き飛ばすほどの勢いで何かが飛び出す。
「わあっ!……って、びっくり箱かよ!」
肩透かしを食らわされた怒りに任せ、木箱を足元に叩きつける。ふざけたキャラクターのにやけ面が付いたスプリングが、びよんびよんと揺れる。
「なんなんだよ……ったく」
なんだか真面目に考えるのが馬鹿らしくなってしまった。
どうせ所持金もそろそろなくなることだし、もう帰ろう。
ホタルとカナブンはどうしようもないが、その他の出てきたものは全て持ち帰ることにした。ぺらぺらだったリュックサックがガラクタで重くなる。
一回百円のくじだとしても、当たりがびっくり箱じゃ嬉しくもない。
物珍しさについつい回数を重ねてしまったけど、今更になって使った金が惜しくなってきた。
「……パチンコとかはまる人ってこういう気持ちなのかな。気を付けよう」
僕はため息をつき、立ち上がる。
この下駄、父さんに渡したら履くだろうか。
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