十五夜の奇跡

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私は良くも悪くも諦めはいい方だと思う。 例えば人質だと言われて拳銃を頭に突き付けられても、あっ、もう死ぬのかと生きることを諦める自信はあるし、私の大好きな人が誰かに恋をしたならば、そっかとすぐその人を諦める。それは色んな事に執着がないとも言えるけど、そうやって生きてきた以上、高校二年になった今更、簡単に変わることもできなくなっていた。かと言って、変わりたいかと言われれば、どうせ無理だからと諦めているのが現状なのだけど。だからだろうか、今、この状況を受け入れられているのは。 「クソッ、今年は大丈夫だと思ったのに!あの野郎、また飛ばしやがって」 今日は十五夜。月が綺麗だからと、電気を消して、一瞬窓を開けて月を眺めていただけなのに。突然、本当に突然、月から黒い兎が飛んできた。比喩ではない。幸い窓は割れていなかったが、まさか、その兎が床に足を付けた瞬間人型になろうとは誰が予想しただろうか。ちなみに、さらさらストレートショートヘアな黒髪と、琥珀色の瞳のつり目なうさ耳付き男性はすごく、イケメンだった。正直好みである。それもかなり。あ、あと丸い尻尾可愛い。 「___で、お前は確か…田の付く、何だっけか」 「えっと、田中です」 状況を理解することを諦めた私は、下手に刺激するのもよくないと、不機嫌そうな彼の質問に答える。何で苗字を知っているのかについては考えるのをやめた。ホラーはいらない。 「あー、あ?田中だァ?」 「田中です」 「本当に、田中なのか?」 「田中です」 あれ、信じてもらえてない?何で。と言うか何回田中だといえばいいのだろう。 「山田じゃないのか?」 「田中です」 その後もあいつじゃないのかだとか、俺の事忘れたのかだとかを呟きながら、繰り返し本当に田中なのかというようなこと聞いてくる彼に、私は一生分の田中を言った気がした。
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