はじまりはじまり

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はじまりはじまり

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。この二人には、桃から生まれたという理由で桃太郎と名付けられた、可愛い一人息子がおりました。 ある日桃太郎はおじいさんおばあさんの前へ行って言いました。 「ちょっと、鬼退治に行ってきてえんだけど。きび団子何個か作ってくんねえ?」 おじいさんもおばあさんも、驚いて反対しました。 「そんな、お前は小柄な方だし、ここらで悪さをする鬼は山のような大きさの怪力と聞く。お前に勝てるわけがない」 「あー……ばぁちゃんは知んねえかもしんねけど、俺、そーとーつえーよ?まぁ心配しねぇできび団子作ってよ」 どれだけやめるように説得しようとも首を縦に振らない桃太郎。ついにおじいさんもおばあさんも根負けし、せめてもの餞にと新しい着物を着せ、日本一の桃太郎と書いた旗と刀を持たせ、どっさり作ったきび団子を持たせて桃太郎を送り出しました。 「ばぁちゃん心配すっから言わなかったけど、俺、鬼が島の行き方知らねえんだよなぁ」 取りあえずは旗を倒して倒れた方向に歩き、誰かに出会ったらソイツに聞けばいいや、などとのんびり構えた桃太郎は、途中で昼寝しいしい道を行きました。 さて出発してから数時間。山あいの人気のない道を向こうから小柄な男がひとり歩いてきました。頭にぴこんと突き出た和犬の耳は、犬族である証です。 「お、ちょうどいい。なぁ、海ってどっちか知んねえ?」 桃太郎は早速犬に聞きました。 「こんな山のど真ん中でそれ聞く?まるきりあさっての方向に歩いてますよ」 犬はうさん臭そうに呆れ顔をしましたが、持ち前の鼻がいい匂いを捉えました。 「ね……あんたが腰に下げてるの、随分旨そうだね。1つくれない?」 「やだね。俺の大好物だ。ナマイキな犬なんかにやるもんか。じゃあな」 桃太郎は犬の横を通り過ぎようとしました。犬はここしばらく何も食べてなかったもので、この機を逃してなるものかと桃太郎に追いすがりました。 「まーそう言わないで。おじさん」 「桃太郎だろ」 「ね、桃太郎さん。1つくれたら海の方向を教えますよ。それどころか鬼が島の場所まで教えちゃう」 「なんで俺が鬼が島に行きてぇって知ってんだよ」 「そりゃアンタ、日本で一番有名な物語ですよ。知らないわけないでしょ」 桃太郎は、行き場所が分かるのは助かるな、と、もともと深くは考えない性格も手伝ってあっさり犬にきび団子をひとつやりました。 「んなっ……めちゃくちゃうまい……!ね、もう一個」 「だめ。これぁ俺のだっつってんだろ」 ケチ、と拗ねた顔をした犬がちょっと可愛かったので、眼福眼福……と目を細めて、桃太郎は犬と共に山道を歩いて行きました。 日も傾きかけ、そろそろ今日の寝る場所を確保しなけりゃなんねえな、と桃太郎は、「おい、どっか寝る場所探して来いや」と犬に命じました。ところが、犬は知らん顔。 「やですよ。俺が約束したのは鬼が島に連れてくことでしょ。それ以外はまっぴらごめん」 「ほー……コトによっちゃあもう1つ団子をくれてやってもいいと思ってたのによぉ」 それを聞いた犬は耳をピクンとさせてにっこり笑いました。 「あら。そういうことなら話は別。先にちょうだい。前払い制」 「ちっ しっかりしてやがんな」 「踏み倒しそうな顔してますからね、アンタ」 仕方がないので桃太郎は袋からもう1つ団子を出して犬にやりました。 「あーマジうまい。これネット通販にしたらバカ売れすんじゃない?」 「いいから早く探しに行けよ」 「はいはい。おっ……カモ見っけ」 犬は鼻をくんくん、と鳴らして、タッと茂みの中に飛び込んでいきました。 しばらくすると、犬が、身の軽いので名の知れた猿族の男を連れて戻ってきました。見た目にはまるで人と変わりませんが、すこし大き目の耳と頬がうっすら赤いのが、その証です。 「痛い、痛いってばぁ!そんなにぎゅっと握んないで!」 「アンタ馬鹿?ゆるく握ったら逃げんでしょーが」 「逃げない、逃げない!見て、この目を!」 犬は猿の大きな黒目をじい~っと見て「見たよ」とにっこり笑い返しました。 「見たんならわかるでしょっ 嘘つかないから、俺!」 「見たからこそゆるめらんないわ」 「なんでよぉ!っもーこれだから犬はキライ!用事はなんなの!?」 「アンタんとこ宿屋でしょ。ウチらを泊めてよ」 途端に猿は「え、お客さん?」っと目を輝かせました。 「なぁんだぁ~ そうならそうと言ってよ。人が悪いなぁわんちゃんてば。は~い、宿はこちらですよ~」 手のひらを返したようににこにこ顔になった猿に、 「言っとくけど、金持ってないから」 犬がそう呟くと、勇んで歩いていた猿はぴたっとその歩みを止めました。 「何?今何て言った?金持ってない?」 「うん。この人見てよ。桃太郎ってんだけどさ。金持ってるように見える?」 猿はぬぼーっとした風貌の男を一瞥すると「見えない」と即答し、また暴れはじめました。 「なんで俺がタダで泊めてやんなくっちゃなんないのっ!冗談じゃないよっ!」 「俺とアンタの仲じゃない。ちょっとサービスしてよ」 「初対面だろっ!何言ってんのっ!ほんっと図々しい犬っ!」 「あ、このエテ公可愛くない。顔は可愛いくせに」 「はーなーせー!お客さんが待ってんだからなっ」 猛然と暴れる猿に、犬は突然牙をむき、背後に伸し掛かると首筋に噛みつきました。 「タダとは言ってないでしょ。金の代わりのもんは用意してるよ」 「痛い…痛い…ごめんなさい……」 犬の方が強いことを悟った猿は、すぐに降参しました。 四つん這いになった猿は尻を犬に向けたまま大人しくしています。 犬はすかさず猿にマウンティングしたかと思うと、思いっきり腰を打ち付けました。 「こ、こらっマウンティングは乗っかるだけだろ……っ!」 「いーでしょ。俺の勝ちなんだから。この際付き合いましょうよ」 「こら、やめろってばっ……」 硬くなったものを押し付けられて猿は尻がむずむずしましたが、それを犬に言うのはシャクでぐっと我慢しました。 しばらく犬と猿の疑似交尾を興味深げに見ていた桃太郎でしたが、しょせん獣のまぐわい、途中で飽きてしまい「もうそんくらいにしとけや」と、犬の鼻先に刀を突きつけました。 さすがの犬も、刃物をちらつかせられれば諦めざるを得ませんでした。 「アンタも大概根性悪だよね…途中で止めるのツラいって分かってて……はぁ……仕方ない。お猿さん、続きはまた後でね」 「つ、続きなんか……っ」 「したいでしょ」 「う……」 猿は火のついた欲情を一生懸命押し込めて、「お金の代わりって何!?」と怒ったように犬に言いました。 犬は桃太郎を振り返って「例の物、お願いしますよ」と言うと、猿のお尻を名残惜しげに撫でました。
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