月の下で

1/1

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

月の下で

 「月が綺麗ですね」の意味を知っても、柄ではないので使わない。俺がそんな事を言ったら、きっと皆震えあがるだろう。それでもいつか、スマートに言ってみたいと思ってしまう。 「きもちわる」 「………言われると思ったぜ」 一緒に上京してきた幼馴染に相談してみれば、案の定「きもちわる」と一蹴された。予想していたとはいえ、やはりつらい。グラスに残ったビールを飲み干して店を出た。  外に出て空を見上げれば、そこには立派な月が。街灯のない場所で見れば、きっと今より綺麗なんだろう。都会に憧れて地元を離れたはいいが、今日ばかりは地元が恋しい。 「わ、見ろよ。満月だぜ満月」 「だなぁ……立派なもんだなぁ」 野郎2人で、月を見上げる。隣の幼馴染に目をやって、俺は息を呑んだ。 「綺麗だなぁ、ずっと見てられるな」  月明かりに飲まれそうなほど儚く、綺麗な横顔。いくらモテないからと言って同性に走る事はないが、今回ばかりは少し揺れた。やばい。 「……そ、そうだな。月が綺麗だな!」 「なんだいきなり元気よく……こえぇよ」  大きい声を出さないと、本気で変な空気になりそうだった。冷めた目で俺を見る幼馴染から逃げるように、俺は家までの道を走り出した。 「俺は違うからなぁあ!」 「え!?何!?こえぇんだけどお前!!」 逃げる俺を追って幼馴染も走り始めた。 どこまでも綺麗に輝く月の下で、俺たちは倒れるまで走った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加