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「わかった。もういい。悪かったな」
暫しの沈黙のあと、慎二は小さな声でそう漏らすと、くるっと踵を返してふらふらと歩いていってしまった。
──ちょっと言い過ぎたかな。でも、あれくらい言わないと。またこんなことされても困るし。
とりあえず一件落着かと安堵のため息をつきながら、後ろを振り返る。
「佳祐、なんでここに……って、なんでニヤニヤしてんの?」
「いや、だって、嬉しすぎて」
「え?」
「あんなはっきり、彼氏って」
怪訝そうな表情のわたしをよそに、佳祐はニヤニヤしながらその場に座り込んで、「どうしよ、めちゃくちゃ嬉しい」と顔を両手で覆っている。
ちょっと、そんな反応されたら、今さら恥ずかしくなってくるじゃない。
「つぐみ、もっかい言って」
「バカじゃないの」
わたしは呆れて見せながらも、こんなことで喜ぶ佳祐を可愛い、なんて思ってしまっていた。それから、ぎゅっとしてあげたい、とも。
──ああ、わたし、本当に佳祐のことを好きになってしまった、らしい。
「……なあ、授業戻る?」
座り込んだままの佳祐に訊かれて腕時計を見ると、もうとっくに授業が始まっている時間だった。あの教室は狭いから、途中で入ると目立つ。一度も穴をあけたことのない授業だし、今日くらい受けなくても問題なさそうだ。
「うーん、わたしは友達に代返頼んだし、いいかな」
「食堂でも行く?」と、佳祐が立ち上がって歩きだそうとする。ケンカしていたなんて信じられないくらい、いつも通りに。
「……佳祐」
わたしは、急いで佳祐の服の裾を掴んで引き止めた。
このままじゃ、また自分の気持ちを伝えられないままになってしまう。なあなあで仲直りっぽくなるなんて、ダメだ。
「ん?」
「あの……」
──頑張れ、わたし。きちんと言わなきゃ。佳祐は気持ちを十分すぎるくらい伝えてくれた。今度はわたしの番だ。
「今日……行っても、いい?」
「え?」
「佳祐の、家」
恥ずかしくて俯いたまま小声で言うと、佳祐は一瞬動作を止めた後、カバンをごそごそやって何かを取り出した。
「これ、鍵。バイト11時までだけど、終わったら速攻で帰るから」
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