story1-3 不意打ち

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アンナは言い訳がましい言葉で自分を納得させた。 しかし、もし明日もジェイクが現れたとして、アンナが迷わずに通報できるかどうかは定かではなかった。 せめてマリヤに連絡が通じれば相談できるのに。結局アンナはつながらないとわかっているマリヤにその日だけでも十回以上電話をかけたのだった。 翌日、目覚めたアンナはベッドから降りるとすぐに窓から庭をのぞいた。 「えっ、うそ…」 アンナは思わず口元を押さえた。 アンナが孤軍奮闘していた柵がすっかり直っている。しかもきちんと同じ高さで等間隔だ。プロの仕事だとアンナは思った。 アンナが着替えて庭に降りると、ジェイクは工具を片付けている最中だった。 昨日と同じような格好で、背中から胸からぐっしょり汗で濡れている。 「おはよう、アンナ」 アンナはあえてそれには応えなかった。 「修理代を払うわ。どこの業者に頼んだの?」 「修理代ならかかってない。僕が直したから」 「うそでしょ?」 アンナの顔に戸惑いが広がった。このところジェイクにはこんな顔をさせられっぱなしだ。 「明日はペンキを塗ろうと思うんだけど、白とグリーンどちらがいい?」 ジェイクは相変わらず汗をぬぐいながらも爽やかな笑顔を向けてくる。 アンナはそれがまぶしくて思わず顔をそむけずにはいられなかった。 「それは…ありがたいけれど、でも勝手なことをされては本当に困るの。わたしにはお金がないの。少ないお金で優先順位が高い個所を直さなきゃいけないのよ。白でも緑でも、今ペンキを買うお金はないのよ」 「実は君がどっちを選んでもいいように両方買ってきたんだ。トランクに積んである」 アンナは困ったように腰に手を当てた。 「そこで待ってて」 アンナはいったん家の中に戻ると財布を持ってすぐに戻ってきた。財布からあるだけのお札を全て出すとジェイクに差し出した。 そこには千円冊が五枚しかなかった。 「今はこれしかないの。あとは振込先を知らせてくれれば振り込むわ」 「受け取れないよ、僕が好きでしたことだ」 ジェイクは受け取る代わりに、にこりと微笑んだ。 「じゃあ、今日はこれで」 「待って!どうしてあなたがこんなことをするの?」 アンナは受け取り手のないお金を手にしたままジェイクを呼び止めた。ジェイクはなんのてらいもなく即答する。 「僕は君の役に立ちたいんだ」 「あなたの謝罪は受けたといったでしょ」 「それなら友達として君に協力したい」 「友達じゃないわ」 アンナは首を降った。ジェイクは傷ついたのか少し視線を伏せて見せたが、すぐに顔を上げて笑顔を作った。 「それじゃあ」 ジェイクはそれだけ言うとアンナの家を後にした。その後アンナが倉庫の中を改めると、ジェイクは工具をアンナの並べたそのままに戻していた。 アンナはジェイクのことをどうしたらいいのかわからなかった。 ただ一つ言えることはジェイクがしていることは、アンナやアンナの財産に損害を与えているわけではないので警察に届けるべき被害には該当しないことだった。 あとはアンナがジェイクの行動をどう思うかだったが、アンナはそれを判断しかねていた。 ジェイクを友達として認めていいものだろうか…。 幸いにもその日の夜、マリヤに電話が通じた。 ラインに送ってくれた複数の写真には真っ白な山峰をバックにマリヤと数名の友人たちがはしゃいでいる。 マリヤはすっかりエンジョイしたようだ。 一方のエンジョイとはかけ離れているアンナは今の状況をすっかりマリヤに伝えるしかなかった。 「まさかジェイクが?」 「あれから毎日よ。信じられる?」 「わたしが手厳しくしたのが効いたのかしら…。それにしてもちょっと普通じゃないわね」 「その通りよ。わたしどうしたらいいのかわからないわ」 マリヤは少し考えた後に気楽な感じに言った。 「わたしもスイスに来てからはジェイクともベンともほとんど連絡をとってないからなんとも言えないわ。アンナの気の済むようにしたらいいわよ」 「そんなことをいわれても困るわ。来るなと言っても来るのよ」 「多分あなたと友達になりたいのね。それがわたしへの罪滅ぼしだと思ってるんだわ」 「あなたからはっきり言ってくれない。わたしのことはかまわないでって」 「いいじゃない。庭仕事だってなんだって、やってもらえばいいじゃないの。そんなのパティシエールのあなたがやる仕事じゃないわ」 「そうはいっても・・・」 「アンナ、あなた彼はいないんでしょ。だったらこれからも男手が必要になるわよ。それを全部ジェイクに頼んじゃえばいいじゃない」 アンナはそう思うこともある。例えばベッドの入れ替えだとかはその一例だ。 「そんなことできないわ。友達でもないのに」 「友達になればいいのよ。ジェイクはそうしたがっているんだから簡単よ。そもそもあなたは彼氏を作らないって決めてるから、なんでも自分でやろうとしすぎなのよ。もっと肩の力を抜いて、男性の力に頼ればいいのよ。ボーイフレンドはたくさんいたほうがなにかと便利よ」 「あなたにはできてもわたしには無理よ」 「前にも言ったけどジェイクはいい人よ。多分あなたの話を聞く限りにはちゃんと心を入れ替えたんだと思うわ」 「そうかもしれないけど」 「ジェイクをあなたの恋愛体質改善のリハビリに使うのも悪くないと思うわよ」 アンナはため息をついた。マリヤの言うとおりアンナは彼氏を作らないことを信条としている。 マリヤの言うことはその信条を旨とするアンナにいちいち引っかかることばかりだった。 確かにアンナが四苦八苦しながらしていた柵の修理をジェイクはいとも簡単に直してしまったし、庭の高枝や太い枝などはアンナの力では到底処分できなかった。 自分にはできないことも男性ならできる。アンナは確かに自分の店を構えることに意識を燃やしすぎてそうした現実的な部分をおざなりにしているところがある。 気持ちだけではカバーできないことがどうしてもあるのだ。 ジェイクが現れたことによってそれはアンナの目にも十分明らかだった。 しかしアンナにはどうしてもその信条を変えることができない理由があった。 「マリヤ、わたしには恋人を作るのは無理よ…。何度も言ったでしょう…」 「…そうね、ごめん」 マリヤは優しい口調になった。 「でもどんな男でもときどき馬鹿をするのが男なのよ。そして、男は女のために働くのが好きなのよ。でなきゃ女は割が合わないわ」 アンナはわかったようなわからないような妙な気分だった。
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