グリフォン

1/2

45人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ

グリフォン

 平時の勤務内容で最も長く時間を割かれているのは、箒兵科においては担当区域巡回である。区域内に魔物が出現していないか箒で飛行して見回るのである。魔物を確認した場合、数によってはその場で討伐、目標が多数であった場合は増援を呼び待機することや兵営まで帰営し隊を組んで出直すこともある。  この巡回を行うのは基本的には組と呼ばれるパートナーとの二人行動による。次に多いのは班行動であり、三組六人で一班として動く。班には班長がおり、ウェスリーの所属する班の班長はパートナーのスヴェンである。班は班長の名を冠して呼ばれる。ウェスリーのいる班はスヴェン班ということになる。  スヴェン班で初めて魔物討伐を行ったのは、ウェスリーがスヴェンに連れられて巡回最中に応援要請を受けた時だ。実質これがウェスリーの最初の討伐実績となった。 『イヴァン兵長より応援要請が出ております。座標(ろく)区〇八七・一三九、目標はグリフォン一体。フサ村にて農夫を襲っているところを発見、交戦中のこと』  地上が視認できる高度で飛行していたスヴェンの通信機から通信科の音声が響く。スヴェンはすぐさま応答する。 「了解した、即刻合流する」  彼の横を飛びながら、胃の腑がぎゅうと縮むような思いでそれを聞くウェスリーを、ちらと振り向き、スヴェンは言う。 「初陣だよウェスリー伍長」  ぐるりと弧を描いて箒の方向を転換する。ウェスリーは引き結んだ口の中でぐっと奥歯を噛み締めると、自らも方向を変え、スヴェンに続いた。  間も無く交戦地点に到着すると、既にスヴェン班の他の四名は戦闘中であった。  村民を巻き込まないよう配慮し魔物を誘導したのか、フサ村からは少し離れた上空を戦場とし、班員はグリフォンと対峙している。  グリフォン、もしくはグリフィン。体長は4メートルほど、鷲の頭と翼、前脚を有し、胴体部と後ろ脚は獅子の姿という飛行型の魔物である。性質は非常に獰猛とされる上、鋭い嘴と鉤爪による強力な攻撃を行い、高速度で飛行するだけでなく地上での動きも素早い。  スヴェンが到着するなり腰に提げたサーベルを抜き放ち、指示を飛ばす。 「ウェスリーとズデニェクは各員に防御魔法展開! フロルとヤンは援護射撃しろ! イヴァンは僕と近接攻撃に出る!」 「了解!」 「了解です!」  全員が了解の応答をし、グリフォンから距離を取って飛びながら詠唱を始める。いち早く詠唱を終えたウェスリーは防御の術を完成させるべく、その名を詠じる。 「Spirit Armor!」  きん、と金属的な音がして、ウェスリーがかざした手の先にいたスヴェンの身体を、不可視の防御膜が覆う。それとほぼ同時にスヴェンの術も完成する。 「Ignite Arms」  声と共にごうと魔法の烈火がスヴェンの右腕を飲み込むように発生する。一瞬後に炎は彼の腕を滑るように手の先へ集束し、その手に携えたサーベルが赤い炎を纏った。  武器魔法強化の術式である。  やや遅れてイヴァンも強化魔法を発動させ、グリフォンを挟んで向こう側を箒で旋回している。周囲を飛び回る箒兵を威嚇するように、グリフォンはどこか人の笑い声のようにも聞こえる掠れた鳴き声を断続的に上げる。  スヴェンは魔物に対して剣を構えると、首を僅かだけ回して背後にいるウェスリーに視線を遣る。 「君は詠唱が速いし魔法、物理防御を併掛できる。フロルとヤンにも防御魔法を」 「はい」 「前に出なくともいい。補助に徹しろ」 「は、はい」 「グリフォンは上空に飛ぶと急降下から掴み掛かる攻撃をしてくる。グリフォンが上昇したら自分の身を守るんだ」 「スヴェン班長、ひとつ気に掛かる点が」  轟音が鳴る。ヤンの火炎魔法が発動したのだ。グリフォンに向けて放たれたそれは、目標の翼を掠める。 「なんだね」  今はもうウェスリーからは視線を外してスヴェンが問う。ウェスリーは自らの疑問を述べた。 「グリフォンが村で村民を襲う…そんなことがあるのでしょうか」
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加