パンツ

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パンツ

 スヴェンはウェスリーが洗濯を終えるのを見届けると、他の業務があるのだと言って去って行った。  元々そのために移動中だったのだろうに、ウェスリーの窮状を見てわざわざ足を止め手出しをしてくれたのだろう。結果としてよくも分からず大隊長の脱衣を見ることになってしまったわけだが、大量の衣類を洗濯するよりは良かった。のかもしれない。  少し離れた物干場に自分とミハルの洗濯物を運ぶ。  木製の柱が一定距離を取って対となる形で二本立てられていて、それが何組も並んでいる。柱の間に張られた紐には既に多数の衣類がはためいていた。  空き場所を探して幾本も張られた紐の間を彷徨う。  唐突に、視界に揺れる衣類の間から人の顔が現れて、ウェスリーは心臓が縮む思いがした。 「ウェスリー伍長」  名を呼んで覗き込んできたのは同班のイヴァンであった。 「は、はい。なんでしょう」  抱え込んだ衣類の内側でずきずきとした心臓の動きを感じながら、ウェスリーは返事をした。両手で左右の洗濯物を除けているイヴァンはにやっと笑ってみせる。 「スヴェン班長に聞いたんだけど、ミハル隊長のパンツ洗ったんだって?」 「パンツは洗ってないですが⁉」 「あれ、そうなのか? パンツ洗ったって聞いた気がした、今そこで」 「パンツ以外、の間違いでしょう」  そう言ってイヴァンの後ろから同じように顔を出すのはズデニェクだ。この二人はパートナー同士で、よく一緒にいるところをウェスリーも見かける。 「しかし何故そんなことになったんでしょう。ウェスリー伍長殿が洗濯得意だから?」  ズデニェクは不思議そうに言う。 「ミハル隊長の服だったら本部付きの奴が洗うだろ」 「だからこそ謎なんですよ。ウェスリー伍長、何で洗うことになったんです?」  二人の会話を固まったまま聞いていたウェスリーは、尋ねられてたじろいだ。  あまり知られたいものじゃない。同期の兵に目を付けられて絡まれて、洗濯物を押し付けられた挙句スヴェンに助けてもらったなんて。というか、そこの経緯は話さなかったのかスヴェン曹長は。  黙り込んでいるウェスリーを見てイヴァンは眉を(ひそ)めた。 「ウェスリー伍長…どうかしたか?」  洗濯物の向こうから顔を出して真面目な顔をしているイヴァンはやや滑稽だ。 「イヴァン兵長、何故あなたはウェスリー伍長殿に対して砕けた口調なんです」  そう言うズデニェクはこちらも真面目くさった顔だが、やはり洗濯物の間から顔を出している上に、イヴァンの頭に自分の顔を載せるように立っているため、これも相当に滑稽。  イヴァンは頭の上のズデニェクの方へ目だけ向ける。 「俺より年下、入隊期も遥かに下、弱そう。逆に敬語を使えるか?」 「階級は上ですけどね」 「言うなよ。全く遣る瀬無いったらない…」 「給料も我々より上ですからねえ…」 「危険手当増えねえかなあ」  何だか二人の会話が生々しくなってきた。 「…すみません」  思わず謝ってしまうウェスリーを見て、イヴァンは苦笑する。 「ま、階級制度ってのは仕方ない。見合う働きをしてくれよ」  ズデニェクも少し頬を緩めて頷いた。 「スヴェン班長が言っていましたが、魔法大学卒で色々な魔法術を使われるとか。この前のグリフォン戦でも止めを刺しておられたし、戦闘に慣れればもっと動けるようになりますよ」 「はい」  ウェスリーは一先ずそう返しておく。戦闘に慣れるとかもっと動けるようになるだとか、足手まといになりたくないのは勿論あるが、そこまで積極的な気持ちにならないのも本音である。かと言って彼等の前でそんな心情を開陳するわけにもいくまい。 「で、なんで我らが大隊長のパンツを洗うことになったんだっけ?」 「パンツは洗っていません」  イヴァンの問いにウェスリーは半眼で即答した。
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